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『剣遊記[』

第五章 フェニックス作戦第一号。

     (5)

「さあ! どぎゃんすっとや!」

 

 とにかく清美はしつこかった。

 

 自他ともに認める豪傑の中に、さらにお局{つぼね}様的意地悪要素を潜ませた女戦士――それこそ本城清美なのだ。

 

 反対に三枝子は、とっさに上手な言い訳ができるほど、頭の回転が速いほうではないようだ。だけど、それでもなにか言わなくてはいけない状態は、この場の空気で充分以上にわかっているように、孝治には見えていた。

 

(こりゃまた、ドエラかもんに絡まれたもんばいねぇ……☁)

 

 とにかく今の三枝子は、なんとか早く申し開きせないけんばい――そんな感じの狼狽ぶり。それであせって持ち出した言い訳が、次のセリフらしかった。

 

「い、いえ……血はあるとです! それもたっくさんもろうて来たけ、もうフェニックスば追っ駆ける必要はなかとなんです!」

 

「たっくさん?」

 

 清美の眉が、さらに逆八の字に吊り上がった。やはり言い訳としては、確実に下{げ}の下{げ}の部類だったようだ。

 

「いってえいつフェニックスと話ば着けて、おまけにそれがどこにあるっちゅうとやぁ! あたいらばからかうんも、たいがいにせえっちゅうの!」

 

「きゃん☠」

 

 清美の物凄い剣幕で、三枝子が格闘技の優勝者とはとても思えない、可愛らしい仕草で首を引っ込めた。これを実際にどのくらい凄かったのかと記せば、端で見ていた孝治と友美と涼子、さらに裕志までもが連鎖反応で、同じように首を引っ込めたほど。平気でいた者は、すでに慣れの境地にある徳力と、清美との付き合いの長い荒生田のふたりだけだった。

 

 これにてすっかり、清美に怯えたかのご様子。三枝子が慌てて、そばにある茂みの奥へと駆け込んだ。

 

「ご、ごめんなさい! すぐに血ぃ持ってきますけん!」

 

「な、なんするつもりやろっか、三枝子さん……?」

 

 まるで逃げるかのような行動で、孝治は三枝子の真意が、まったく理解できなかった。これに好奇心旺盛な涼子が、不思議がる面々の頭上を飛び越え、さっと三枝子のあとを追った。

 

『あたし、見てくるけ!』

 

 そうなのである。涼子のみ薄々と、三枝子が慌てる理由を察知しているのだ。


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