『剣遊記[』 第五章 フェニックス作戦第一号。 (12) 必死な感じで走ってくる徳力の顔は、まさに脂汗と泥まみれ。おまけにかなりの怯えの色が混ざっていた。ところが清美は、むしろ面倒臭げな感じで、徳力に顔を向けただけだった。
「あんだよ、そぎゃんおめくなよ、トク☠ ぬしゃ顔ば見んっち思うとったばってん、どこばうろついとったとや?」
しかし彼女の子分は、その問いに答えるどころではない様子っぷり。濃いヒゲの伸びた顔を思いっきり青ざめさせ、さらに声音も引きつりまくっていた。
「は、はい! どうも清美さんたちの話ば長ごうなりそうやったもんやけ、近くの沢まで水汲みにでもっち行っとったとですが……そしたらたいぎゃとんでもなかモンと出くわしてしもうたとですたい……♋」
「とんでもなかモンとけぇ?」
眉をしかめて、清美が尋ね返した。孝治もそばで聞いているのだが、どうも徳力の言い方は、さっぱり要領がつかめない内容だった。
「いったい……なんが言いたかやろっか?」
それから即、徳力がうしろを向き、自分の背後の森を、右手で指差した。
「はい! とんでもなかモンは……あいつです!」
すると何十本もの大木をバキッ バキッ バキッと踏み倒し、『あいつ』がぬっと、巨大な体格を現わした。さらにおまけか、阿蘇山一帯を響かせるほどの雄叫びまでも張り上げた。
グァガぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!
体型こそ人間タイプであるが、その背たけは優に、二階建ての建造物に匹敵。裸である全身の腰の部分には獣の皮(いったいどんな獣や?)をまとっただけの、見事な原始的格好。しかも最大の特徴は、ハゲた頭のてっぺんに伸びる一本角と、たったひとつの大きな目玉。
全身土色の皮膚は、表面のあちらこちらが乾燥肌でヒビ割れ。右手には棍棒のつもりか、たった今へし折ったばかりであろう、杉の大木を握っていた。
これは滅多にお目にかかれないが、知らぬ者がいないその怪物の呼称を、孝治は代表して叫んだ。
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