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『剣遊記[』

第五章 フェニックス作戦第一号。

     (1)

「あた、生きちょうとか?」

 

 清美が訊いた。

 

「はい、うちは生きちょります☆」

 

 三枝子が答えた。

 

 本来ならば大変喜ばしいはずの、黄泉{よみ}の世界からの生還であった。しかし、それを迎える清美や孝治たちの心境はいかに。なんだかとても、お祝いムードの気分には浸れなかった。

 

 三枝子が死んだと思い、それこそ涙が枯れ果てるまで泣きに泣きまくったあげくだった。その当の本人が、なんの脈絡もなしで生き返ったのであるから。

 

 おかげでこの場にいる者全員、面目丸潰れの思い。これにはさすがであろう当の三枝子自身も、体裁と居心地の悪いような顔となっていた。

 

「ご、ごめんばいね! うち、ちょっと気絶ばしとっただけやけん……そ、それが皆さんにこげんご心配ばかけよったなんち……ほんなこつごめんなさい!」

 

「ゆおーーっし! まあ、なにはともあれ、こげんして全員無事っちゅうことなんやけ、これでまた『ゆおーーっし!』っち行こうやなかね☀」

 

 ここで一生懸命、両手のシワとシワを合わせて謝っている三枝子の右肩をうしろからポンと左手で軽く叩き、荒生田が偉そうな能書きを垂れてくれた。だけどそのついでか、よけいなお節介も忘れてはいなかった。

 

「っちゅうてもやねぇ☻ あげん高い崖から落ちたっちゃけ、君の体に内出血がないかどうか心配ちゃねぇ☯」

 

 などと妄言を吐いてから、荒生田が三枝子の服を脱がそうとして、いきなり鎧と上着を外しにかかった。しばらく停滞をしていたが、ここでやっと、荒生田の本領が発揮されたようだ。もちろんこの先には、きちんとオチが付いていた。

 

「ええ加減、おっこいつきな(熊本弁で『ふざけるな』)すな!」

 

 清美の右拳がボクッと、荒生田の顔面に炸裂した。ついでにまたもや、サングラス😎だけは無傷。

 

 なお、このよけいなお節介のため、三枝子の体にたくさん付いていたはずの崖から落ちたときの傷が、いつの間にかすべて消失していることに孝治や友美を始め、全員が気づく展開とはならなかった。

 

「三枝子さん、ほんなこつ大丈夫なんですか? わたし、目の前で人が蘇生するなんち、初めて見たっちゃですけどぉ……♋」

 

 殴られた荒生田が、裕志の魔術による介抱を受けている光景を、背中にしてだった。友美が三枝子に、真剣そうな眼差しで尋ねていた。無論孝治も友美の左隣りに並んで、同じ質問を繰り返した。

 

「そ、そうっちゃよ! まあ例えが悪かっち思うっちゃけどぉ……その、なんや……グールっとかゾンビ{動死体}みてえに、死体に性質の悪か霊が乗り移ったり……とか……やね……♋♋」

 

『孝治んほうが、よっぽど性質悪かばい☢ それって、あたしに対する当てつけね

 

 うしろから聞こえる涼子の文句は無視。一方で三枝子も、孝治の例え方に、多少の引っ掛かりを感じたらしかった。

 

「……ま、まあ……ゾンビはあんまりやけど、うちはちゃんと生きちょりますけ✌ 足かてちゃんと二本あるとやし……☟☟」

 

 すぐに微笑みを返しつつ――瞳は笑わずに答えてくれた。

 

「そ、そげんね……とにかく良かったっちゃ……ね☺」

 

 笑顔で怒りを表現できる女の子ほど、この世で恐ろしい存在はない。孝治はおのれの不用意だった発言に内心で冷や汗😅を流しながら、これ以上の質問は手控えるようにした。そこへ友美が左の耳に、こっそり耳打ちしてきた。

 

「孝治……三枝子さん、なんか変わっとるっち思わんね?」


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