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『剣遊記[』

第二章 フェニックス伝説、その前日。

     (13)

 ところがこんなとんでもない事態になっても、同じ未来亭勤務で荒生田の性質を知り尽くしている清美は、別段慌てる素振りもなし。平然と湯船に浸かり直していた。

 

「けっ! いつもんごとお騒がせな野郎ばいねぇ♨」

 

 地響きの正体が判明した時点で、先ほどの動揺は清美の頭から消え失せているようだ。しかしこのような清美とは対照的。三枝子は全身を、ブルブルと小刻みに震わせていた。

 

「お……おった……こげんとこまで痴漢がぁ……☠♐」

 

「うわっち?」

 

「おっ? なんね?」

 

 孝治と荒生田も、これにて論戦(?)を一時中断。両者一致して、三枝子に注目した。

 

「孝治、彼女なん言いよんや?」

 

 突入以前の事情がさっぱりわからないでいるらしい荒生田が、真っ裸のままでいる孝治に尋ねた。

 

 だけどもちろん、孝治はわかっていた。たった今まで、清美と三枝子の会話を聞いていたおかげで。

 

「う……うわっち……ま……まさか!」

 

 孝治は再び、顔面に何十本もの縦線が走る思いとなった。

 

「おい、孝治?」

 

 しかし荒生田は、依然として状況が把握できていない様子。だけどくわしく説明をしてやる時間はなさそうだ。その気もないけど。

 

 それでも孝治は、全裸のままで叫んだ。ついでに荒生田の真正面からも飛び離れて。

 

「先輩も早よ逃げてっちゃあ!」

 

 これにてとりあえず、逃走を勧めた格好。先輩に対する義理は、一応果たした――つもり。だけど荒生田は、この場から一歩も動かなかった。

 

「くぉらぁ! 逃げろっちゅうたかて、オレは石ば背負って動けんちゃよぉ!」

 

 おまけに石に縛ったんは孝治やろうも――と、続けて言いたかったに違いない。もっとも本当にそのように言われたら、孝治は次のように返したであろう。あんたはそん石ば背負って、ここまで来たっちゃでしょうが――と。

 

 しかし事態は、呑気に口ゲンカをしている場合ではないのだ。

 

「女性ん敵は、ずえったいに許さんとぉーーっ!」

 

 今度は三枝子までが、真っ裸のままで荒生田の前に踊り出す事態。さらにそのまま、一気に大ジャンプ!

 

「きえーーっ!」

 

 まさに怪鳥のような雄叫びを上げ、荒生田のサングラス顔を狙って、大胆なる真空飛び膝蹴りを決行!

 

「ゆおーーっし♡ 丸見えたぁーーい♡」

 

 それなりに身に付けている戦士の敏捷さで、荒生田はかろうじて体をひねって背中を向け、直撃をなんとかかわす奇跡的防御に成功した。

 

 その代わりだった。三枝子の真空飛び膝蹴りをゴガァァァァァァンンと喰らった背中の大石が、そこからバリバリとヒビ割れを起こしたのだ。

 

 それから一秒も経たないうちに、バコッと見事に真っ二つ! 大きな音を立てて左右にジャバァァァンと、湯船の中に割れ落ちた。

 

 さらにそのおかげで、荒生田の上半身を拘束していた鎖が、ジャラリ、ジャボンと、これまた湯船に落下。

 

「……オレは……天国と地獄ば見たばい……♡」

 

 意味不明な辞世の句をつぶやいたあと、荒生田は口から泡を噴いて卒倒。バッシャアアアァァンンと仰向けの格好で湯船の中に沈み、大石の上で寝込んでしまった。

 

 また、この惨劇の一部始終を呆然とした思いで眺めていた孝治も、先輩と同じようなうわ言を繰り返した。

 

「おれ……やなか、わたし……三枝子さんの前では……ずっと女性っち通しとこ……☠」

 

 このあと友美と涼子からバスタオルを受け取り、今さら手遅れながらもようやく、自分が真っ裸を公開していたことを再認識。ひと言つぶやいた。

 

「おれっち……やなか、わたしって、おんなじ失敗ば何回やらかしたら気が済むっちゃろっか?」

 

 なお蛇足ながら、やはり清美はこの間終始我関せず。温泉の効能を悠々と満喫していた事実を、ここに付け加えておこう。

 

 あしからず。


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