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『剣遊記[』

第二章 フェニックス伝説、その前日。

     (12)

「わたし、ちょっと見てくる!」

 

 友美が機転を利かせてくれ、これまたバシャッと、湯船から飛び出した。もちろんこちらは、体に大きめのバスタオルを巻いた格好。その姿で塀の淵から、外の様子を覗き見てくれた。

 

『あたしもっと☀』

 

 続いて涼子も、塀の上に舞い上がろうとした。ところがそれよりも早くだった。友美が甲高い悲鳴を上げた。

 

「きゃあーーっ! こげなんっちありぃ!」

 

「どげんしたやぁ! 友美ぃ!」

 

 すぐに孝治は駆け寄ろうとした。しかしいきなり、友美から止められた。右手をうしろ向きに伸ばして、手の平をこちらに向けるようにして。

 

「駄目っちゃ! 孝治は早よ逃げりや!」

 

「うわっち!」

 

『な、なして?』

 

 孝治は浴場で。涼子も空中にて。それぞれ塀の前で立ち止まった。次の瞬間、バキャァッバキャバキャッッと、木造の塀が突然ぶち破られ、巨大な石を背負った怪人が現われた。しかもよく見れば、そいつは背中に背負っている石に、体中を鎖で縛り付けられていた。

 

 だけども両足は健在。早い話が、そいつは常人離れをした怪力で、背中に大石をかついだまま、露天風呂へと参上したのだ。

 

 今さらご指名をする必要性すらないが、そいつの名を――孝治は叫んだ。

 

「うわっち! 荒生田先輩っ!」

 

「孝治っ! てめえっ、一度ならず二度までも、こんオレば風呂に入れんようしゃあがってぇ!」

 

 セリフの怒気からもわかるとおり、荒生田の顔は(サングラスの奥の三白眼も含めて)、見事怒りで真っ赤っかとなっていた。

 

 無論孝治にとっては、いつもの見慣れている光景。だがやはり、驚愕といえば驚愕だった。

 

「そ、それよか先輩っ! 前回んときは大木ば引っこ抜いて、今度は岩ば背負って風呂まで来たとですかぁ!」

 

 荒生田の怒声が、さらに迫力を増した。

 

「そんとおりばい! オレはてめえの裸ば見るためやったら、どげな、たとえ地獄の三丁目かて追ってく覚悟やけんね!」

 

「そげな不埒で迷惑な覚悟ば持たんでいいっちゃよぉ!」

 

 まさに恐るべしは、荒生田の超スケベ執念。孝治は恐れおののきのあまり、自分が先輩の目の前で完全無修正姿を披露していることなど、もはや完ぺきに忘失しきっていた。


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