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『剣遊記[』

第三章 三枝子とひなワシ。

     (1)

 翌朝、陽{ひ}がまだ完全に昇りきらないうちから、一行は宿屋を出発。フェニックスが棲んでいると思われる、阿蘇の根子岳へと向かった。そのため早く起こされたせいなのかもしれないが、一行の中に約一名だけ、今も寝ぼけ眼でボンヤリしている者がいた。

 

「きのうはなんか……いい思いをしたんかドエラい目に遭{お}うたんか……ようわからんような気がするっちゃねぇ……☁」

 

 荒生田は昨夜の露天風呂での騒動を、なぜだかよく覚えていないご様子だった。これっちきっと、三枝子さんの真空飛び膝蹴りばまともに喰ろうたとき、ただでさえ低性能な記憶力やったんが、さらに致命的な打撃ば被ったせいかもしれんちゃねぇ――と、孝治はある意味他人事のように考えた。だけどこれならば、自分も裸を見られている孝治にとっては、むしろ好都合な話と言えるのかも。

 

「なん言いよんですか、先輩☀」

 

 早速、昨夜の騒動を絶対に思い出させないよう、孝治はニセの記憶をすり込む作戦にでた。

 

「先輩、きのうは夜ん街にひとりで飲みに行ってしもうて、深夜にベロンベロンになって帰ってきたやないですか☺ そげんやっちゅうのに、あげん酔うとってもちゃんと宿に帰ってくるっちゃけ☻ 違う意味でおれ、先輩ば見直しちゃったとですよ☻」

 

 この嘘八百を聞いていたらしい清美が、うしろでクスクスと含み笑いをしていた。だけど基本的に『我関せず✄✋』が本音である清美は、本当の話をバラす気はないようだ。彼女にしてみれば、昨夜は散々、おもしろい目を見てきたためであろうか。その一方で孝治の嘘八百に、真実をまるで知らない天然ボケの裕志が、妙な納得顔でうなずいていた。

 

「そげんやったとですかぁ♋ やけん先輩、きのうは温泉に来んかったんですねぇ♠♣」

 

 また当の荒生田自身も、孝治の嘘八百を、文字どおりで鵜呑みにしてくれた。

 

「そうけぇ……オレはそげん飲んじょったんけぇ……どおりで今朝は早よから、頭がズキズキしちょうし、おまけに変に肩が凝っちょうっち思うたばいねぇ✄」

 

 ここは天性の鳥頭に、感謝感謝といったところ。そのためか孝治の左横にいる友美も、必死になって笑いを堪えている様子っぷり。また頭上でプカプカ浮かんでいる涼子など、もう遠慮などまったくなし。空中で腹をかかえての七転八倒状態。そんな所で、阿蘇の麓の村で手に入れた最新の地図を広げ、一行の先頭に立つドワーフの徳力が、目の前にそびえる高い山を右手で指差した。

 

「清美さん、あれが根子岳んごつありますばい☝」


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