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『剣遊記[』

第二章 フェニックス伝説、その前日。

     (1)

 翌日、旅立ち早々、孝治はしっかりとふくれっツラをしていた。

 

 理由は今さら、くわしく述べるまでもないだろう。あれほど恐れていた荒生田先輩が、チャッカリと旅に同行をしているからだ。

 

「孝治、そげんムクれるもんじゃなかばい☻」

 

 そのムクれさせている張本人の荒生田が、馴れ馴れしくも孝治の右肩に自分の左腕を乗せ、ニヤけた顔で話しかけてきた。

 

「なんか聞けば、今回の冒険はフェニックス狩りやっちねぇ☞ それやっちゅうのに参加者の顔ぶれば見たら、これがなんとか弱い乙女ばっかやなかね♋ そこでここはひとつ、このオレが護衛役ばせな、いったい誰がやるっちゅうとや? なっ、そげなもんやろ✌ オレがやらなきゃ誰がやるっちね✌✌」

 

(誰も頼んでなかっちゃよ♨ それに昔っからそげなセリフば言うやつは、たいがいただのでしゃばり野郎っちゃね♐☠)

 

 などと頭の中で前置きをしてから、訳のわからない荒生田の言い分に、孝治は本心から噛みつきたい心境でにらみ返してやった。

 

「戦士も魔術師も充分そろうちょりますっちゃよ! それにか弱き乙女なんち、ここにはおんしゃれんのやけ☓」

 

 今朝早くに未来亭を旅立ち、すでに北九州市を出る所にまで達している一行。参加者の面々は、まずは依頼人とでもいうべき格闘士の畑三枝子。彼女はきのう、未来亭を訪れたときと同じ服装と装備で、一行の先陣を切って進んでいた。その三枝子に続く者が、気分はすっかり友人代表である清美と相棒の徳力。そのあとから裕志と友美が続き、最後尾が孝治と荒生田の戦士ふたり組。端から見ても、問題だらけのコンビであった。

 

 もちろん涼子の同行は、今さら言うまでもなし。だから総勢七人に幽霊がひとり。変と言えば実際に変のような構成となっていた。

 

 ここで孝治の言うところの『充分』とは、戦士が自分を含めて清美と徳力。魔術師は友美と裕志。これだけの人員がそろっていれば、けっこう心強いメンバーとも言えた。

 

 これが理由である。

 

 もっとも、この面々以外で未来亭に属する者たち――すなわち戦士ならば帆柱正晃{ほばしら まさあき}や魚町進一{うおまち しんいち}に板堰守{いたびつ まもる}。魔術師なら天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}や椎ノ木可奈{しいのき かな}。さらに盗賊も言っておけば、和布刈秀正{めかり ひでまさ}や枝光正男{えだみつ まさお}――などなどがいるはず。しかし彼らは相変わらずその他の仕事にて遠征中。そのため現在この場にいる一行は、ある意味余り物のような感もあり。

 

 その論はまあ、ひとまず置いておこう。それよりも孝治は、予定の面々に荒生田が加わっているという話の展開だけが、どうしても解せない気持ちでいた。だけど、荒生田の参加動機ならば、これまた充分にわかっているつもりだった。

 

(こん変態サングラス😎野郎ぉ……応援にカッコばつけて、またおれにチョッカイ出す気でおるんやろうねぇ……☠)

 

 などと考えている矢先から、すでに胸やお尻をベタベタとさわられまくりでいたりする。

 

「先輩……♨」

 

 ムカムカ気分を無理矢理に抑え、孝治は荒生田に尋ねた。

 

「おれの護衛も良かですけど、先頭に立っちょう三枝子さんや清美ば守ったほうが良くなかですか? あちらはおれと違ごうて、正真正銘の女性なんですから……♨」

 

「う〜ん、それも一理あるっちゃねぇ✍ しかしやねぇ……✎」

 

 一応考察の素振りで頭を右に傾けてから、荒生田がぬけぬけと返答してくれた。

 

「女性っちゅうたかて例外もあるけねぇ✄ 彼女たちは孝治と違ごうて、ふたりとも競技大会優勝の、ある意味メチャクチャ強か猛者なんやけ♐ やけんオレが手助けせんでも、自分たちで危険ば回避できる、っちゅうくらいの実力は持っちょる……っち、オレは断言するけ♠♣」

 

 このような気づかいのカケラもない荒生田の戯言{ざれごと}で、孝治はムッとした気分が増幅した。

 

「悪かったっちゃですねぇ♨ どうせおれは予選落ちやけんね!」

 

「ついでにおろかった(熊本弁で『悪い』)ばいねぇ〜〜♨ あたいがひちゃかちゃ猛者でやねぇ☠☢」

 

「うわっち!」

 

 いきなりであった。ドスの効いた裏声に、孝治は思わずそのままの体勢で、一メートルくらい飛び上がった。成績としては、並の部類か。

 

 それは置いて、荒生田のある意味的な陰口は、清美の地獄耳まで、しっかりと届いていたのだ。しかも清美はなんの前触れもなし。孝治と荒生田の背後に回っていた。

 

「もうひとつ、ついでに『例外』っち、どげな意味だか教えてくれんね♐」

 

 表情は微笑んでいる様子だが、清美の瞳は、決して笑ってはいなかった。こんな場合の清美を、長年の相棒である徳力は、やはりよく知っていた。

 

「だ、駄目ばい……清美さんの腹ん中……たいが煮え繰り返っちょう……☠☂」

 

「ヤバかっ!」

 

 隙を見て孝治は、荒生田の横から飛び離れた。惨劇の巻き添えは御免被{こうむ}る――であるから。

 

 思ったとおり離れてから振り返れば、清美は笑顔で荒生田をにらみつけていた。

 

「さあっ! どげな意味だか、早よ教えんしゃい!」

 

 セリフの後半は、もはや女性らしさが微塵も感じられないほどの強圧ぶり。だけどもこの期に及んで荒生田は、いまだ見苦しい言い訳をほざき続けていた。

 

「い、いや……ゆおーーっし! オレが言いたかとは、孝治は女性になり立てなんやけ、女戦士としてはまだまだ未熟なんやけ……その反面清美やったら、ヒュドラー{多頭蛇}ば十頭、ワイバーン{飛竜}ば五頭、グリフォン{鷲頭獅子}かて二頭も倒した過去の実績があるっちゃけ、そげん気にかけることでもなか……っちね☠✋ やけん虫{男}も寄ってこんのやけ……★」

 

「それがよけいなんばぁーーい! うたるっぞ、ぬしゃあーーっ!」

 

「ゆおっしぃーーっ! ゲンコツば効いたぁーーっ!」

 

 あげくは清美から下アゴをボコォっと叩き割られ、そのまま空の彼方まで吹き飛ばされる顛末。

 

 こうして荒生田は、ピカッと昼間の星になったわけ。

 

「こげなことになるっちゃけ、おれは先輩といっしょするんが嫌やったんばい☠」

 

 空を見上げて孝治は、しみじみとつぶやいた。また孝治の左隣りでは裕志が、申し訳なさそうに両手のシワとシワを合わせながら頭を下げていた。

 

「……ごめん……ちゃね☂」


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