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『剣遊記閑話休題編U』

第一章  ヴァンパイア娘、初めてのおつかい。

     (3)

 ぶっちゃげて説明を行なえば、すでに申してあるとおり、未来亭の給仕係七条彩乃は、ヴァンパイア{吸血鬼}である。

 

 ただしヴァンパイアと言えば、夜な夜な墓場の棺桶より目覚め、人の生き血を求めてさまよう魔物{デーモン}と思われがち。だが彩乃の場合、この常識にまったく当てはまってはいなかった。

 

 なによりも彩乃は昼間に働き、逆に夜になれば就寝をする。つまりが、極めて健全(?)な生活を送っているヴァンパイアなのだ。

 

 しかも太陽光線など、平気の平左。夏ともなれば海へ出かけ、砂浜で思いっきりに日焼けを楽しむほど――と、これだけを見ても聞いても、彼女のヴァンパイアとしての非常識度が御理解いただけるであろうか。

 

 そんな彩乃にも、一応ヴァンパイアらしい一面はあった。それは寝るときはきちんと棺桶のベッド(?)に入ること。それから御存知のとおり、ヴァンパイアの十八番{おはこ}――コウモリなどへの変身である。

 

 もちろんこの他にも、もろもろヴァンパイアとしての特性があり、超能力があった。その中でもやはり代表は、血液が大の好物だという話に尽きるだろう。これは世間的にみて、かなりはた迷惑な話ではあるが。

 

 くどい解説はこのくらいにして、彩乃変身中である大コウモリは、現在北九州市から一路南下中。九州中央部、大分県と熊本県の県境に近い、黒川の町を目指していた。

 

 なんの障害物も無い空の旅だとは言え、コウモリの飛翔力ではやはり、一日以上はかかる行程と距離であった。

 

(ああ……やっと見えたばぁい♐)

 

 本来ならば、夜の世界で生きるヴァンパイアである。だから暗視能力には、抜群の自信を持っていた。そんな調子で、筑豊、筑後の山々を飛び越えた彩乃の眼下に、黒崎店長から地図で教えられたとおり。黒川町とおぼしき街の灯火が見えてきた。

 

(ここが今、新しい温泉街として脚光ば浴びとう黒川温泉ばいね♡ よぉーーっし! 仕事ばさっさとなおしてもうたら、思いっきり温泉三昧しちゃるけねぇ☀☆)

 

 店長から行き先が温泉だと聞かされた時点において、勝手に心で決めていた計画を、彩乃は改めて決定しなおした。もちろんすぐに、大コウモリは灯りの方向へと急降下を開始。

 

 目指すは黒川町で一番大きくて目立つと教えられている、宿屋兼酒場であった。


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