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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (9)

 美奈子には特に用はなし。それよりも新人給仕係のほうに、興味しんしん。孝治は勇んで店内へと飛び込んだ。

 

 見ると窓際のテーブルで、黒崎ともうひとり――背中にピカピカに磨かれて光っている木製の竪琴を背負い、旅の正装を着こなしている人物――どうやら男性――が、なにやら向かい合っての談笑中でいた。

 

 しかも特筆――と言っては失礼だが、色白な肌にとがった形状の耳。つまりこの人物は、街中では滅多にお目にかかる機会の少ない種族――エルフ{森の妖精族}のようだった。

 

 それはとにかくとして、黒崎はすぐ、孝治の存在に気づいた様子。

 

「ああ、帰ってきたがね。ちょうどいい。こっちに来たまえ」

 

 さらに手招きで孝治を呼び寄せると、エルフに紹介をしてくれた。

 

「彼……いや彼女はうちの店で働いている戦士で、名前は鞘ヶ谷孝治君……いや『さん』だがや。他の戦士諸君はあいにくいろいろな仕事で不在なんだが、彼……じゃない彼女も、ここでは優秀な腕を持っとうがね」

 

「……そ、そげんでも……なかですよ……✄」

 

 無用な混乱を避けるつもりなのだろう。黒崎の紹介で孝治は、初めっから女性として扱われた。それを聞いた当の孝治は、つい苦笑いのひとつもしたくなる気持ち。しかし、腕前を誉められれば、やはり満更でもない気分でもある。だから本音はといえば、かなり複雑怪奇な思いでいた。

 

 ところが黒崎の正面に席を取っているエルフは、孝治に顔を向けるなり挨拶よりも先に、まずは口を開いていた。

 

「ほう✌ あんさんはめんこい女性の方でありながら、戦士をしよるわけなんですねぇ✐ いや、近ごろでは女性でも戦士を生業{なりわい}にしようけったいな方も珍しゅうもないって私も聞いておりまんのやけど、こうして目の前でご拝見をさせていただきますと、なかなかどうして、けっこう精悍なモンでんなぁ♡ ところで戦士といわはれば、現在ご存命やのに、すでに伝説の剣豪として有名な板櫃守{いたびつ まもる}なんぞがおられますし、また、あなたと同じ女性の戦士やったら、沖縄水軍を率いて海賊と戦った城野博美{じょうの ひろみ}なんぞも私は知っておりまんがな♡ なにしろこれらの人々はみんな、私が伝承歌として語り継いでおりますさかい✌ 実を申しましてこの私、エルフの身でありながら吟遊詩人の端くれに身を置いておりまんのやけど……おっとすんまへん♪ 自己紹介がまだでございましたなぁ☻ 自称この私、先ほど申しましたとおり、吟遊詩人の端くれでございまして、ここにおわす黒崎健二殿とは旧知の関係でおまんのや♞ で、どのように旧知の関係なのかと言いますれば、思い起こせば、あれは今から十と三年前のこと☝ あのころの私は奈良にあるエルフの村から無謀にも出奔{しゅっぽん}いたしまして、そのころはもちろん、まだまだしがない新人の吟遊詩人でございまして、その前に、なぜ私が故郷の村を離れたかと申しますれば、御存知とは思いまんのやけど、エルフは人間よりも遥かに長命でございまして、せっかく長生きができるんやったら、せめてこの世界のすべてを自分の足で歩き尽くしてみたい……ただ、ただ、それだけが理由でおましたんや♥♦ その過程において、詩人としての腕も磨いておったんやけど、初めはなかなか食うや呼ばれずの極貧な毎日でございましたなぁ♩ なにしろ作っても作っても、歌もも一向に売れることなく、それでも私は最後の頼みの命綱であるこの竪琴だけは決して手放さず。また、無二の親友としてともに日本の各地を放浪し、まあ、その過程で故郷の奈良弁に日本各地の言葉がブレンドされまして、今みたいな我ながらけったいな話し方になったんでございまするが、とにかく流れ流れてたどり着いた果てが、ここ北九州市でございました♡ そしてここでも生き倒れ同然やった私を偶然助けてくれましたのが、当時未来亭の若旦那であらせられた黒崎殿だったのでございます☀ 黒崎殿は見ず知らずの私のために、無償でここに置くことはできんがや✄ しかし、吟遊詩人として成功するまで、この店の専属として働かないか、と、持ちかけられたのでございまするよ☀ で、物語の始まりはそこからでございまして、もちろん私は贅沢を言える身分とは言えまへん☠ 私は一も二もなくその恩恵に授かり、酒場で毎日毎日歌を歌いながら、自分の曲というものを極めておったのでございます♪ おっと、肝心なことを言い忘れておりましたわ☆ 自称この私、は二島。名は康幸✌ 人呼んで吟遊詩人の二島康幸{ふたじま やすゆき}と申しまんのやわぁ♡ それから現在はありがたくも自立をさせていただき、再び昔日のように諸国を放浪させていただいております、いわゆる『さすらいのエルフ』でございます✋ ちなみにこの『さすらい』なる身分でございまするが、これはこれで自由なる気風があると申しましょうか✊ それとも単なる自己満足の異端児と感じ入るかは、世間の評価にもいろいろとございまして……」

 

 エルフの吟遊詩人――二島の身の上自慢的長演説は、まだまだ延々と続く雲行き。しかし、もろにそれを聞かされている孝治は、もはや失神寸前の状態でいた。

 

(……この毒気……しかも訳んわからん電波言葉の羅列……つい最近もどっかで味わったような気がするっちゃけどぉ……☠)

 

 薄れかけている意識の中で、孝治は漠然と感じていた。

 

(……それにぃ……奈良出身なんち言いようけど、関西弁がもうメチャクチャばい☠ いったい日本のどこに行って、こげな言葉覚えたとやろっか?)

 

 ところがさすがは、超冷静で名を売る黒崎店長。エルフの吟遊詩人が長広舌中にも関わらず、本来の用件を意識朦朧中である孝治に、きちんと言って聞かせてくれるのだから。

 

「孝治は知らにゃーだろうけど、この二島さんは、今やここ北九州市だけではなく、日本中にその名声を高めている、一流の吟遊詩人さんだがや。そして、今度中央政府からの招きで京都に向かうんだが、その前に僕の店を訪ねた理由は、新人の吟遊詩人志望の若者を、一時この未来亭で預かってほしいということなんだがね」

 

 するとここで、再び二島の舌禍が再発。

 

「おっと、そうそう、そうなんでございまんがな☀ きょう私がこの未来亭をご訪問させていただいた理由は、私の過去を語るためではありまへん⛽ 私が旅先の小さな町の酒場で目と耳を引きました、うら若き、失われし日々の私めを思い起こさせるような、可憐なる歌詞を弾ませて歌っている少女を発見してしまったからでございまんのや☀ 確かに今は名も無き一輪の野における野菊のような存在感しかございませんが、そこはなんの、精魂を込めて磨きますれば、それこそキラ星のごとく輝けるダイヤモンドと申しましょうか⚽ オリハルコンの原石とは、まさにこのこと☆☆ 将来、この私め以上となる吟遊詩人に成長するやもしれない逸材として、世の注目を集めることは間違いおまへんのや☆ いや、この私の目に計算違いなどあろうはずはなく、ただ現在のところは、非常に残念なる現実☹ あまりの幼さゆえに、とりあえずは大衆の面前で臆することなく歌える実力を身に付けることが最優先課題と考えたしだいでおまんのや✈ そこで思い出した記憶が、私にとっても修行の場であり、また青春を謳歌したこの未来亭で預かっていただき、私と同じような難行苦行を経験したほうが、なにかと彼女の成長のためにもけっこうなことではなかろうかと、よけいな老婆心ながらも、今回ご訪問をさせていただいた所存なのでございまんのや✌ しかも幸いにもありがたいことにも、今回も黒崎殿が私ごときの趣旨にご賛同していただき、おまけにここならば、同世代の女性たちが数多く働いておりまんので、私といたしましてもなんの憂いもなしに彼女の成長を託すことができるのでございまするよ♡ もしよろしければ、鞘ヶ谷孝治嬢も彼女にお目をかけてくださりますれば、私といたしましても非常に感謝感激、おおきにの気持ちなのでございまするが、なにぶんにも地方で生まれた、早い話が田舎の娘でござまして、少々都会の空気というモノに、あまり慣れておりまへんので……」

 

(……棍棒ば持った巨漢と戦うには……まずは足場が身軽で、脱出路にこと欠かん広い場所に誘導ばして……☣)

 

 孝治は脳内で、現在の状況とまったく関係のない蘊蓄を並べる方法を駆使。二島の毒気から、おのれの平常心を、なんとかして守る努力を続けていた。

 

 それに比べて黒崎は、本当に見事なもの。ふだんとほとんど変わらない涼しい顔付きで、長広舌吟遊詩人による弓矢の連射のような、長くて訳のわからないセリフの洪水を、さらりと聞き流している堂々ぶりでいるから。

 

「店長、凄いっちゃねぇ♐ いっちょん平気な顔して、このおっさんの話ば聞きよんやけ★」

 

 しかし二島は、もはや自分の演説に酔いきっているらしかった。その理由は周囲が多少の私語に走っても、まったく意に介さない様子でいるからだ。だからこそ孝治は、なんの遠慮もなし。堂々と声に出して、黒崎の超冷静な姿勢に驚嘆を感じていた。

 

 ところがこのとき友美が、孝治の右耳に、そっと口を寄せてきた。それから黒崎が冷静でいる本当の理由を教えてくれた。

 

「違うっちゃよ☠ 店長の耳ば見てん♐」

 

「耳け?」

 

 言われて瞳を細め、孝治は黒崎の左の耳の中を、こっそり覗いてみた。そんな孝治の行動に、なぜか黒崎が気づく様子はなかった。

 

「うわっち! ズルか!」

 

 孝治は見てしまった。黒崎の左の耳にはしっかりと、耳栓がはめてあったのだ。

 

 この分だと、たぶん右のほうにも。


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