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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (8)

 幼なじみを病院送りにしたあと、孝治と友美と涼子は、未来亭に帰り着いた。ところが入り口前に立ったとたん、孝治は先輩戦士である帆柱正晃{ほばしら まさあき}と、これまたバッタリ鉢合わせ。おまけに先輩の蹄{ひづめ}で、危うく孝治は踏まれそうになった(友美はさっと逃げた。涼子は問題なし)。

 

 孝治は大袈裟的に慌てた。

 

「うわっち! うわっち! せ、先輩っ! おれがここにいますっちゃよ!」

 

「おっと! すまん、すまん★」

 

 孝治の驚き声に気づいてくれた帆柱が、四本の長い健脚を、入り口でピタリと止めた。

 

 ここで少々の説明をしよう。帆柱は上半身が人間で下半身は頭部を外した馬の体型を持つ、ケンタウロス{半馬人}と呼ばれる種族である。そんな体付きなので、背たけが成長しきった成馬ほどもあり、足元まではなかなか目が届かない所が欠点となっている。

 

 その帆柱が、笑顔を少し厳しい感じに変え、孝治を見下ろして言った。いわゆる上から目線ってやつで。

 

「一応謝っておくとやけど、孝治も気ぃつけないけんばい☠ 見てんとおり、俺は小回りが利かんけな♐」

 

「わ、わかってますって☂」

 

 孝治にとって帆柱は、やはりおっかない先輩。そんな説教中である先輩を見上げれば、帆柱は人間部分から馬体にまで鎧を着込み、弓や槍を備えている重武装の格好。これはなにかの仕事だと直感した孝治は、改めて先輩に尋ねてみた。

 

「それはよかですけどぉ……先輩、またどっか行かれるとですか? 街が怪盗騒ぎでてんやわんやしちょるっちゅうのに☁」

 

『自分かて金貨の報酬目当てで、仕事に出たやない☠』

 

 涼子の陰口は、聞かないふり。もちろん幽霊の存在を知らないであろう帆柱は、孝治にきちんと答えてくれた。

 

「怪盗んことは俺かて知っとうが、だからっちゅうて、俺たちになにができるっちゅうもんでもあるまい♠ そもそも盗人っちゅうのは、俺たち戦士の相手やなかっちゃけな⚠ 俺たちは店長から請けた仕事ばするだけやけ✄」

 

「そん店長が自分も被害者やっちゅうとに、ちっとも動こうっちせんとやけねぇ……☁」

 

 しかし自分自身、店長から一度は口車に乗せられて仕事を引き受けた身分だということは、孝治も承知済み。それでも孝治の胸には最初と変わらず、黒崎への不満がくすぶり続けていた。

 

 これはいくら冷静さが売り物であっても程がある――そんな感じの不満であろうか。そこへ帆柱が、ある意味孝治の胸中を見透かしているかのように、苦笑を浮かべて言った。

 

「まあ、そげん言うな☻ あの店長がなんの策も立てんなんち、この俺には到底思えんけな☀ きっとなんか方策ば練りよんやなかろっか☝ それよか俺は、大阪市までのキャラバン隊護衛で今度は長くなりそうやけ⛴ もっとも俺だけやのうて、本城も魚町もみんな、仕事で出払っちょうけどな⛱」

 

 本城清美{ほんじょう きよみ}も魚町進一{うおまち しんいち}も皆、孝治と同じ未来亭に専属する戦士の仲間である。それが全員不在となれば、現在暇を持て余している者は、孝治ひとりだけとなる。

 

「うわっち! 当分おれひとりっちゃねぇ〜〜☠」

 

 なにか事件が起こったとき、いつも頼りになる味方がいない。孝治は意識的に、自分の表情を曇らせた。

 

「帆柱先輩、気ぃつけてくださいね☝」

 

 友美がそんな孝治の左横から、帆柱に見送りの言葉をかけた。

 

 ケンタウロスとしての特性上、帆柱はキャラバン隊や要人同伴護衛など、遠距離――なおかつ危険を伴う仕事依頼が多かった。さらに高価な物品を大量に輸送するキャラバン隊は、山賊どもから格好の獲物とされ、常に標的として付け狙われていた。

 

 帆柱はその面でも、歴戦の勇士である。しかし同時に、最も危険な仕事の請け負い人でもあった。友美はそれを心配しているのだ。無論孝治にもその気持ちは、ビンビンに伝わっていた。

 

 出発の直前、帆柱が健脚をピタッと止め、見送りをしている孝治に振り向いた。やはり上から目線で。

 

「そうやった☆ 言い忘れとったがきょうから未来亭に新しい給仕係が入るそうやけ⚢ それと、魔術師の美奈子{みなこ}も長崎市での仕事から帰っちょうばい☀ どちらも話があるとやったら、今んうちに言うておくんやな♐」

 

「へぇ、それってほんなこつですか✌」

 

 新しい給仕係と聞いたとたん、孝治は帆柱が旅立つ前なのに、一目散で店内へと駆け込んだ。あとで涼子から聞いた話によれば、この孝治の態度を悪かったかも――と思ったらしい友美が、帆柱に謝ったそうである。

 

「ごめんなさい! 後輩として先輩に『行ってらっしゃい☆』ば言わんといけんとに、さっさと行ってしもうて☁」

 

 これに帆柱は、鷹揚に笑って友美に返したそうだ。

 

「まあ、よかっちゃよ♡ それよか孝治も女としての自覚ば、もっと持ったほうがええかもしれんばい♥」

 

「はい……♠♣」

 

 友美が顔を真っ赤にし、涼子はそのうしろで噴き出したという。


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