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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (10)

「店長、試着できましたばぁい!」

 

 そんなところへ、黒崎の秘書である勝美が、奥の控え室から一見して文字どおりに飛んできた。

 

 背中のアゲハチョウ型である羽根を、パタパタと羽ばたかせて。

 

 また、由香を始めとする給仕係の女の子たちも、いっしょに登場。なにやらワイワイと盛り上がりながら、奥の控え室からぞろぞろと顔を出す。

 

 このとき二島はといえば、いまだ自分の長演説に陶酔中。周囲の変化に、まるで無関心の様子でいた。

 

 その勝美が黒崎に、なにやらの報告。

 

「真岐子ちゃんに合う制服なんですけどぉ、すぐに決まりましたばい♡ なにしろ上着だけで良かとなんですからぁ♡」

 

(まきこちゃん?)

 

 勝美のセリフが、孝治の関心を引きつけた。

 

(つい最近、同じ名前ば耳に入れたような気がするっちゃけどぉ……まさかねぇ……✐)

 

 心当たりは充分すぎるほどにあった。しかしそれでは、話が出来過ぎ――といったところであろうか。

 

 一方で耳栓をはめている黒崎は、初めは勝美や給仕係たちの登場に、気づいていない感じでいた。だけど、視界の隅に彼女たちが映った様子。それと同時にエルフの吟遊詩人からはわからないようにして、こっそりと耳栓を両方とも外していた。

 

 見事な早業で。

 

「そうか。孝治も帰ってるから、紹介してあげるとええがや」

 

「はぁい! 孝治くんに友美ちゃんもおったとやね♡」

 

『あたしもやけね♥』

 

 明るく店長に言葉を返す勝美に向け、涼子が茶目っけをたっぷり出してのご挨拶。孝治はこれまた、冷や汗たらたら😅の気分となった。

 

 ついでにこのときになってようやく、二島も給仕係たちに気づいていた。

 

「おおっ! やっと着付けが終わりましたかぁ✌ なにぶんにも、私の口から申すのは筋違いかとは思われるのですが、いわゆる田舎娘でございまするゆえに、『馬子にも衣装』を地でいくのではなかろうかと、要らぬ気苦労を抱いてしまう始末にてございまするが、まあ元が良ければすべて良しということでございまして……」

 

 給仕係たちに矛先が向いた二島の長広舌には、全員聞く耳持たずの態度。恐らく孝治と友美、涼子よりも先に、この毒気を味わったからであろう。

 

 そう言えば、黒崎に付きっきりであるはずの勝美も、今になってようやく顔を出してくるとは。

 

(ははぁ〜〜ん、勝美さん、二島さんから逃げちょったばいね☞ ま、それも無理なかっちゃけどね☛)

 

 孝治は今まで秘書不在だった理由に、今ごろになってだが気がついた。しかし、現在はそれよりも、孝治、友美、涼子の三人そろって、新人の給仕係のほうに関心を集中させた。

 

「未来亭に新入社員が入るのっち、ずいぶんひさしぶりっちゃねぇ♡ で、どげな女の子やろっか?」

 

 孝治は今でも、心の奥底は男子(?)である。だから新人給仕係の存在が、とても気になっていた。

 

 もちろんこの関心には、『まさか……☁』の要素も含まれていた。だが、そんな孝治の心境を見抜いているのだろうか。友美が複雑そうな目線で、右横から孝治を見つめていた。

 

「孝治って、男ん子やったときからそうやったんやけど、店に新人の女の子が入ったら、いつも必ず声ばかけよったっちゃねぇ♪」

 

『へぇ〜〜、それって初耳っちゃねぇ♐ 孝治って案外、手が早かったんやねぇ☻ それじゃまるで荒生田先輩やない☠』

 

 涼子も早速、興味丸出しで身を乗り出した。だけど、涼子に対する友美の言葉は、やや苦笑混じりのものだった。

 

「それが、そのあとが不思議かと。声をかけるにはかけるんやけど、いつもそれ以上仲が進むっちゅうことがなかっちゃけね☂ いつもふつうのお友達関係で収まっちゃって☢」

 

『ほんと? それもなんかおかしな話っちゃねぇ☣』

 

 そんな風で、友美と涼子が孝治を出汁{だし}にした会話をしている前で、由香が奥の控え室に大きな声で呼びかけた。

 

「将来の歌手志望って言うのかなぁ♡ 吟遊詩人志望のかわいい子やけ♡ どうぞこちらにいらっしゃぁ〜〜い!」

 

「は、はぁ〜〜い!」

 

 給仕係のリーダー――由香の呼び声に応え、きょうから仲間となる同僚の給仕係たちに囲まれ、いかにも新人らしく恥ずかしげに顔をうつむかせた女の子が、控え室から孝治たちの前に現われた。

 

 上半身にはきちんと給仕の制服(色は基本である紺色)を着ているが、下はまったく必要のない、その姿。

 

 これはもはや、ピンとくる以前の話。

 

 出来過ぎの『まさか……☁』が、本当になったわけ。

 

「うわっちぃーーっ! まきこちゃんって、や、やっぱ君やったとねぇーーっ!」

 

「ええっ? その聞き覚えある声ってぇ!」

 

 孝治の驚き声に反応したらしい。下半身が虹色の大蛇となっている新人給仕係が、パッと顔を上げてくれた。

 

 おまけで付け加えれば、彼女はここでも、フレームの厚いトンボメガネをかけていた。

 

「ああーーっ! 孝治さんってぇ、ここで働いとったとですかぁーーっ!」

 

 新人の給仕係――真岐子の驚きようも、孝治に勝るとも劣らなかった。

 

「これってすっごい奇遇やねぇ!」

 

 友美も偶然のいたずらに、瞳を大きな丸としていた。だけど涼子は、事態を冷静に――なおかつ面白半分に分析していた。

 

『そげん驚かんでもよかっちゃよ♠ 世の中広いようでけっこう、せまいっちゅうことだけやけね♥』


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