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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (7)

 翌日、孝治たち三人は、北九州市に帰り着いた。ところがいまだ造成工事中である城壁を通り、街中に入ってみると、警備する衛兵の数が、以前よりもずっと増えているように、孝治には感じられた。

 

 いや、実際に増えているのだ。

 

 それは城門で旅人や商人たちの受ける入都市検査が、孝治たちの旅立ち前より格段に厳しくなっていることからも実感できた。

 

 孝治と友美はこの街の住民なので、それほど厳重な検査をされずに済んだ。しかし、他の市から来た者たちにとっては、これはとんだいい迷惑であろう。なにしろ衛兵がふだんの倍の人数でひとりの被検者を取り囲み、服装だけでなく帽子の中から靴の底まで、徹底的に念を入れて調べているのだから。

 

 特に市外へ出ようとしている者には、さらなる厳格な検査が行なわれていた。

 

「この分やったら、あの大門って新隊長さんの一週間以内での犯人逮捕の公約も、いまだ果たせずって感じやね☠ きっとまだまだ、怪盗団が暴れようみたいっちゃねぇ☁」

 

 孝治のつぶやきどおり、町中上へ下への大騒ぎ。未来亭に帰る道の途中で、なじみの衛兵――砂津と井堀のふたりとバッタリ出会ったが、両者とも労働基準時間以上に働かされている様子がありあり。まさに疲労困憊の顔丸出しでいた。なぜなら会って早々、砂津がふだんなら言わないような愚痴をこぼしたほどであるから。

 

「……ったくぅ、もうたまらんけねぇ☠ あれから八件も同じ手口の盗難事件が立て続けに起きてくさ☠ おかげで隊長の面目は丸潰れやけ☠ おまけにおれたちまで、不眠不休の有様っちゃねぇ☂」

 

 砂津の両目の周りには、真っ黒なクマが浮かんでいた。これには孝治も、同情の思い。

 

「とにかく頑張ってしか、今は言えんけねぇ♠ とにかく体ば壊さんようにね♤ できればおれかて、手伝ってやりたかとこなんやけどねぇ……☁」

 

 やけど店長が『うん』っち言わんもんやけねぇ――とは口に出さず、孝治は砂津を、言葉だけでねぎらってやった。

 

 そのついでで井堀にも、同じ労いの気持ちを向けてみた。

 

「おまえも気ぃつけりや✄」

 

 ところがこの不届き者衛兵は、ここで孝治の隙を見つけたらしい。素早くお尻にポンと、自分の右手を接触させた。

 

「うわっち!」

 

「すまんね、孝治♡ でも、おれはこげんすりゃ元気百倍やけね♡」

 

 まさに一生の悔いとなる、一瞬の油断であった。

 

「こんスカタン野郎ぉ! 人が本気で心配しようっちゅうとにぃーーっ!」

 

 このわずか一秒後には、井堀が孝治の左回し蹴りをバグッと、顔面に見事喰らう顛末。あえなく緊急休養の口実――突然のケガにて入院――を、井堀自らの自業自得で作り上げてしまった。

 

 合掌。


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