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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (6)

 そのようにしてラミアの少女――真岐子は、名前だけを言い残した。それから人間の上半身に見合った、柱のように太くて長く、虹色に輝く大蛇の下半身を波打たせるようにして、孝治たちの前から森の奥へと消えていった。

 

 結論、お終いのお終いまで、ひとりでにぎやかな娘であった。だから彼女がいなくなっただけで、辺りが突然の静寂に包まれた感じがした。

 

「……あの子……真岐子さん……ちゃんと立派な吟遊詩人になれたらよかっちゃよねぇ……♥」

 

 友美がポツリとささやいた。孝治もやや否定的な気分ではあるが、大方で友美に同意した。

 

「そうやねぇ……その吟遊詩人ってのが、とんでもなかインチキ野郎でないっちこつ祈っちょうけどね♠」

 

 しかし、そうは言っても、あの早口芸である。それさえあれば、たとえ芸能デビューの件で騙されたとしても、別の方面で生きていけるかも。例えばピン芸人になったりして――などと、孝治は本人が聞いたらよけいなお世話であろうことも考えた。

 

『で……おふたりさんとも、いつまでそん格好でおるつもりね?』

 

「えっ?」

 

「うわっち!」

 

 横目で見ている涼子の言葉で我に返れば、真岐子の長話を聞いていた間も終わったあとも、友美も孝治も素っ裸のまんまの立ち通しでいた。

 

 思えばきょうという日は、昼過ぎから夕方までの半日間、完全なる裸で野外にいたことになるわけだ。

 

 他に誰も見物人がいなかった幸運は、この場合良しとしよう。だがやはり、ある意味における報いからは、孝治も友美も逃れられなかった。

 

「ふぁ、ふぁ、ふぁっあああくしょおおおおおおいいいいいいっ!」

 

 孝治のド派手なくしゃみが、山間に大きく木霊した。


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