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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (5)

「あっと、ちょっと待ってや♡」

 

 そんなとまどい気味である孝治を前にして、ラミアの少女が木の根元に置いてある、茶色の革製カバンを手に取って、カパッと開いた。

 

 これに彼女の着替えその他が入っており、また、こんな所に荷物があったので、運悪く孝治たちの正面まで来たわけだったのだ。

 

 ちょっとした悪運とは、どこにでもあるものだ。

 

 それはとにかく、孝治たちは黙って、少女の行動を眺めていた。すると少女がカバンの中からメガネを取り出し、それを白地の布で拭いて顔に装着した。

 

 水色のフレームをした、丸いトンボメガネであった。

 

 それからもう一度、少女が孝治と友美(とっくに姿を現わしている)を見つめ直した。当然、幽霊は見えないだろうけど。

 

 それはとにかく、けっこう可愛らしい顔付きをしているラミアが、フレームが極端に厚いうえに見事なトンボメガネのおかげで、なんだか漫画のように見えてしまう。

 

 孝治はもちろんであるが、友美と涼子も、吹き出したい気持ちを、必死に我慢しているようだ。それでもそうとは知らないであろう少女が、心底からほっとしたように、深い息を吐いた。

 

「ああ、やっぱしわたしとおんなじ女ん子やったんやねぇ♡ 良かったばぁい♡」

 

 なにがいったい『良かったばぁい♡』なのかと言えば、その理由は孝治も同じ女性であった――の再認識に尽きるだろう。

 

それにしてもメガネをかけたラミアというのは、どうも孝治の抱いている印象に、合わないような気がしていた。

 

 なお、関係ない事柄は百も承知。サングラスをかけた変態戦士ならば、この世にたった一名だけ存在している。

 

「ごめんなさいね♥ 水浴びしようとこば、勝手に覗いちゃって♥」

 

 痴漢の疑いが円満に晴れた(?)ところで、友美がペコリと頭を下げた。ラミアの少女はすなおな態度の友美に、あっけらかんとした感じで応えてくれた。

 

「あらぁ、そげんこついっちょんよかばい♡ それからわたし、見てんとおり視力があんまし良うなかけん、こげん人から見られようなんち、いっちょん気づかんかったばい♡」

 

『いくら目の良か人でも、あたしは見えんやろうけどね♡』

 

 ここで涼子が茶目っけを発揮。ラミアの真ん前で、『あっかんべー😜』をしてくれる。それを見ている孝治は、まさにハラハラドキドキの冷や汗気分。友美もたぶん同じ心境であろうが、こちらは一応冷静に、自己紹介を始めていた。

 

「わたしたちも今は裸んまんまで変なんやけど、わたしの名前は浅生友美☺ 職業は魔術師よ♡ それでここにおるんがやっぱり裸なんやけど、戦士の鞘ヶ谷孝治。どうぞよろしくね♡」

 

「ど、どうも……よ、よろしく……♠」

 

 孝治は顔面真っ赤っかの思いで、少女にペコリと頭を下げた。

 

 なおもドギマギしている脳味噌で考えてみれば、この場にいる者全員、見事に一糸もまとわぬ、生まれたまんまの裸祭り状態。これではいくら大らかな御時世とはいえ、孝治に女体に対する慣れがなかったら、とっくに神経回路が破たんしていたかも。

 

 ちなみに涼子の裸は(慣れ過ぎているので)例外。

 

 しかし少女が、そんな孝治の本心に気づくはずもないだろう。むしろ興味を深めた感じで、積極的にメガネ顔を寄せてきた。

 

「へぇ〜〜、そげんねぇ♡ 孝治さんっち言うとやねぇ✍ 女ん子なのに男っぽい名前ば持っとんのやねぇ♡」

 

「ま、まあ、親が物好きやったもんやけねぇ……ははっ……☠」

 

 ここでは本当の話が言えないので、孝治は笑ってごまかした。なにしろ真実を白状すれば、その時点で正真正銘の痴漢となってしまうから。

 

「そ、それよかぁ……君の名前なんて言うの? 実を言うと君の歌に誘われちゃって、ついここまで来てしまったとやけど……君って歌が上手ばいねぇ♪」

 

 ごまかしついでに、孝治はお世辞で話をそらしてやった。するとラミアが我が意を得たりとばかり、元気溌剌に下半身の蛇体で地面を叩き、ピョンと器用に飛び上がった。

 

 これが彼女なりの、喜び表現のようだ。それからさらに、息をする暇もないほどの、おしゃべりの連発と相成った。

 

「それってほんなこつぅ! わたしん歌が良かったとぉ! きゃあーーっ♡ うれしかぁーーっ♡ 実はわたし、こげん見えても一流の吟遊詩人ば目指しとうとよ! それで田舎ん町の酒屋で小遣い稼ぎに歌いよったら、えらい有名っちゅう吟遊詩人って人に見込まれたごとあって、そん人といっしょに今からふとか街に向かっちょう途中やったと! それでわたし、ここでちょっと待っちょうよう言われて、退屈やったけ水浴びばして歌いよったら、あなたたちに聴かれちゃったわけばいね! それでどげんやった? わたしん歌唱力っちゅうのは?」

 

「う、うん……とっても良かったっち思うよなぁ……ねぇ、友美☁」

 

「え、ええ……☁」

 

 孝治はもちろんだが友美も素晴らしい歌声だったと、手放しで絶賛をしてあげたいところであろう。だけど思いもよらぬ少女の早口に圧倒され、どうしてもふたりとも(孝治と友美)笑顔が引きつり気味となってしまう。

 

 また、この様子を傍観できる立場にいる涼子でさえ、開いた口がふさがっていなかった。

 

『…………♋』

 

 この間もラミア少女の舌は、途切れる暇もなくフル回転を続行した。

 

「きゃあーーっ♡ うれしかぁーーっ♡ 初対面の人からこげんありがたかお誉めの言葉ばもらえるなんちねぇ♡ だって、わたし歌が自慢っちゅうても、それってあくまでこまか町ん中だけの話ばってんやけねぇ☻ 『井の中のかわず』っちゅうんかなぁ……あっ、もちろんわたしってこげな格好しちょうばってん、ほんとにカエルば食ったりせんけんね! そうそう、その吟遊詩人っちゅう人……ううん、もう先生っち呼んじゃるばい! その先生がおっしゃるにはぁ、わたしはもっとふとか街に出て、専門の舞台みたいなとこで歌いながら修行ば重ねたほうがええっち言うてくれたと♡ まあ、確かにわたしかてまだまだ子供っちゅうてええぐらい若い年なんやし、そげな人生経験ばあってもよかっち思うとばってんねぇ♡ そんで、今こげんして街に向かう旅の途中やったってわけばい♡ ここでたとえ偶然っちゅうても、あなたたちと巡り会えたんは、これもなんかの神様のお導きやったんやろうねぇ♡ 特に戦士と魔術師の組み合わせっち、もう最高っ♡ とっても凄う、ぞうたんのごつすてきやわぁ♡ そげな冒険談ば詩にした伝承歌っち、昔からえろうがばっちあったもんやけねぇ! わたし、そげな人生のわびさびば情熱を込めて歌える吟遊詩人になりたかぁ〜〜っち思いようわけばい♡ あっ、そうそう、話は変わるばってん、詩人やるからには、なんか楽器のひとつかふたつぐらいはこなせるようにしたほうがよかやろっか? やっぱり女ん子なんやけ、打楽器は向かんっち思うけ、竪琴あたりがよかやろうねぇ♡ そげん言えば、先生も竪琴持っとったけね♡ そげんしよっと♪♫♬」

 

(な、なんちゅう、口がよう働く娘なんやろ……☝)

 

 まさに想像を絶する少女の早口と長ゼリフで、孝治は立ちくらみを感じ始めていた。しかし、ここで神の救いなのだろうか。ラミアの軽妙すぎるおしゃべりが、ようやく一時停止した。

 

「あっと、いけんばい! そろそろ先生がここに戻ってくる時間やけ☎」

 

 自分のセリフに出した吟遊詩人――先生を、なんの前触れもなしでいきなり思い出したらしい。ラミアが素早く衣服を着用(上半身だけで良いから着衣が早い。ついでにカーディガンのような町娘風衣装)。慌ただしく出発の準備を整えた。

 

 拍手👏級の手際良さで。

 

「それじゃわたし行くけね☆ もしどっかの地方の舞台でわたしば見かけたら、ぜひとも声援ば送ってやぁ!」

 

「あっ! ちょっと待ってぇ! あなたのお名前はぁ?」

 

「いけん! 忘れちょったぁ!」

 

 友美に言われて、一番の肝心を思い出した様子。ラミアの少女がペロッと、赤い舌を出した。念のため、決して蛇の二股型ではない。ちゃんとした人間型の舌である。

 

「田野浦真岐子{たのうら まきこ}っちゅうとぉ☆ 覚えとってやぁ!」


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