『剣遊記V』 第二章 おしゃべりの国の人々。 (4) 「……ほんなこつ……♐」
再び踵を返し直した孝治は、しっかりと泉に瞳を向けた。
そこでは水面を割って、赤や青や金色など七色に彩られた蛇――それも巨大な大蛇の尾が、まるで天まで伸びるかのように、空中高く突き出されていた――と、それが大きなしぶきを上げてバッシャアアアアアアアアンンと、泉の水面を叩きつけた。
これは少女と大蛇が、いっしょに水浴をしているわけでは、決してなかった。
上半身は裸の少女であるが、下半身は七色の鱗が輝く大蛇なのだ。
このような種族を、世間一般ではラミア{半蛇人}と呼称していた。
その本物の虹のような美しさを見て、孝治と友美と涼子の三人そろって、声も出せずラミアの姿に見とれていた。
このような三人から注目されていようとは、まだ気づいていない様子。ラミアの少女が、水浴を満喫したらしい。濡れた亜麻色の髪を背中に貼り付かせ、悠々とした感じで、岸辺に向かっていた。
これで少女の全身像が、はっきりした。確かに上半身が人間で、下半身が大蛇となっていた。ただし、状況が目視確認できたのはけっこうなのだが、問題はラミアが上がろうとしている岸辺が、孝治たちのいる真正面だということにあった。
(や、やば……☠)
友美は魔術で、姿を消す術を心得ていた。また涼子は、その必要すらなし。しかし孝治だけは、絶体絶命の逃げ場なし状態。これはどうしたもんかとジタバタしているうちにドジをして、足元の小枝を踏み、小さくだがパキッと音を立ててしまった。
(うわっち!)
こりゃまずかぁ〜〜と顔を上げたら、音に気づいたらしいラミアの少女と、パッチリ目線が衝突。
彼女が叫んだ。
「きゃああああああああああっ! 痴かああああああああん!」
叫びながらも自分の胸(けっこう成長している)を、しっかりと両手で隠していた。下半身の蛇体はそのままで。
(まあ、確かにラミアは、いつもかつも下ば丸出しやけねぇ☁)
なんて、つまらない感想をつぶやいている場合ではない。
「ち、違うったい! お、おれは痴漢やのうて……そのぉ……なんや……☂☃」
悲鳴上げまくりのラミアとは対照的。孝治には自分の胸を隠す余裕すらなし。慌てて苦しい弁明に努め――とはいっても、言い逃れはとてもむずかしい状況といえた。
たとえどんなに言い訳をしたところで、他人の水浴を覗いていた事実に変わりはないのだから。
ところが孝治の声を耳に入れたらしい――と思ったとたんだった。ラミアの少女があっさりと、平穏を回復させた。
「なぁ〜んね♪ あなたも女ん子やったとね♬ わたしって慌てモンやけ、男に出歯亀されたっち思うてたまがったとばぁい♥」
どうやら孝治を、完全に同性と認識したようだ。
まあ見掛け上、仕方がないと言えるのかも。
とにかくラミアの少女は、あっという間に落ち着きを取り戻していた。しかしこれを逆説的に表現すれば、驚くべき気持ちの切り替えの早さ――とも言えないだろうか。
「……な、なんねぇ……そ、そうっちゃよ……☠」
同性だと思われ、孝治は改めて自分が性転換している事実を、こちらも再認識した。だけどもここはやはり、真実は話さないほうが賢明であろう。ついでに言えば、痴漢の冤罪晴らしに貢献してくれたかたちである自分の体の変化にも、孝治は大いに感謝した。
本音はムチャクチャ、複雑なのだが。
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