『剣遊記V』 第二章 おしゃべりの国の人々。 (3) 「いったい誰やろっか?」
ここでいったん、水浴びは中断。友美が歌声の方向に右の耳を傾けた。
また、涼子も流れる歌に気づいた様子でいた。
『他に誰かあるようやねぇ☞ ここもどうやら、秘密ん場所やのうなってきたみたいっちゃね☕』
さらに歌声の出所を確かめようと考えたらしい。ふわりと空中に舞い上がった。
「ちょい待ち✋ おれが先に行くけ♐」
孝治は自分の身になにもまとわない非常識な姿のまま、右手を出して涼子を引き止めた。それからそっと、歌の聞こえる方向へ、そろりそろりと一歩を踏み出した。
元より鎧を装着する余裕など、あろうはずもなし。それでも右手にはしっかりと、岩の上に置いてあった剣を握っていた。
最低限中の最低限の策である――とはいえ、他にも武装の理由は、聞こえる歌が声音こそ女性の歌唱であるが、実はそれを囮とする、人を誘惑する怪物の可能性もあるからだ。
歌声は孝治たちのいる滝つぼより、樹木をへだてた反対側から聞こえていた。そこにも確か、小さな泉があったはず。
「おれと友美の内緒の場所っち言うても、別に独占しちょうわけやなかっちゃけねぇ♠ おれたちん他にもちょいちょい、誰か水浴びに来とう連中がおるんかもね♣」
あとから続く友美と涼子に小声でささやきながら、孝治は木立ちの間から、そっと泉を覗いてみた。するとそこでは、歌声の印象にピッタリな少女がひとり。水辺で裸になっての水浴を楽しんでいた。
大方、旅か仕事の途中、ノドを潤{うるお}すつもりで、泉を訪れたに違いない。さらに周囲には誰もいないのを良いチャンスとし、衣服を全部脱いで、泉に飛び込んだのであろう。おまけに気分が高じて、自然に歌を歌う気分にでもなったのかもしれない。
だけど歌う真の理由など、孝治たちに知る必要はないだろう。それよりも、恐れていた怪物でなくて幸いである。
「まっ、考えることは誰でも同じってことやね♪」
孝治はひと安心の気分でつぶやいた。
「そうっちゃね♪」
友美も同じ気分のようである。確かに相手がふつうの女の子であれば、こちらはなにも心配はなし。あとはこれ以上覗いていても悪いので、くるりと踵{きびす}を返すだけ。孝治は自分たちがいた滝まで、そっと戻ろうとした。友美と涼子もいっしょに。
そこへ突然背後からバシャアアアッッと、大きな水音が轟いた。
「うわっち! な、なんね?」
孝治は慌てて振り返った。
「見て……あの子……☞」
孝治よりも先に振り返っていた友美が、右手で泉を指差した。
「あの子……ラミア{半蛇人}ばい……☞」 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |