『剣遊記V』 第二章 おしゃべりの国の人々。 (2) 孝治と友美の目指した場所――それは遠賀川の上流にある、名も無い小さな滝つぼだった。
それも周囲が深い樹木に覆われ、外界からは、ほぼ完全に遮断された空間となっていた。
『呆れたもんっちゃねぇ〜〜☠ ただ単に、水浴びがしたかっただけっちゃね♐』
「まっ、確かにそうっち言えばそうっちゃね✌」
涼子の苦言に孝治は、あえて否定をしなかった。なぜなら今の孝治は、鎧も衣服もすべて脱ぎ捨てた、真っ裸の格好。そんなあられもない姿で、滝から落ちる水を全身で浴びているからだ。
しかしそこは、戦士としての心掛け。愛用の剣は、常に手の届く範囲内――滝のすぐ横にある岩の上に置いていた。
「まあ、そげん言わんで涼子も来んね♡ 気持ちんよかばい✌」
『あたしは遠慮しとくっちゃよ♠』
滝の水しぶきが飛び散る中、涼子は川岸の小岩に腰を下ろし、孝治の水浴び風景を、ジッと眺め続けていた。
そんな涼子の左隣りには友美がいて、やはり鎧も衣服も脱いでいた。
孝治と同じようにして。
ここで涼子が友美に、再度の質問の繰り返し。
『ねえ、この滝ってほんなこつ、孝治と友美ちゃんだけの秘密の場所なんけ?』
この問いに友美が、くすっと微笑んだ。それから涼しそうに水浴びを満喫している孝治のほうに、瞳を向けたままで答えた。
「ええ、そうっちゃよ♡ ここはわたしが子供んときに見つけて、去年孝治にも教えたと✐ それからふたりだけで、時々ここに来よるんやけどね♡」
ここで友美の返答を聞いた涼子は、なにかにハッと気づいたような顔になった。
『去年って……あたしは見たことないけよう知らんとやけど……一年前って孝治は、男やったんやないと?』
「えっ?」
今度は友美が困惑した感じになって、頭を縦に振った。
「も、もちろん……男やったばい☁ で、でもぉ……そんときはちゃんと交代で水浴びしたっちゃよ☀ お互い絶対覗かんっち約束ばしてね☝ でも今は女ん子同士やけ、なんの問題もなかっちゃけね✌」
『そげなもんやろっか?』
涼子は孝治の性転換問題とやらを簡単に割り切ってしまう友美の考え方に、あからさまな疑問の表情を浮かべていた。
さらにその思いが募{つの}るばかりなのだろうか、滝つぼにいる孝治にも、(孝治と友美だけに聞こえる)大きな声をかけてきた。
『孝治ぃーーっ!』
「なんね?」
裸の格好のままで、孝治は涼子に振り返った。すぐに涼子が間近まで飛んできた。
『孝治は前は男やったっちよう言いようけど、なして今は裸んまんまで平気なわけぇ? 友美ちゃんかて見ようとに☞』
「年がら年中裸でおる涼子に言われとうなかばい☠」
我ながらややトゲのある答え方だと思いつつ、一応孝治は答えてやった。
「今のこのおれの体は、一種の偽りの姿格好やけね☻ やけんそげん思うたら、なんか裸ば見せても平気な気持ちになるっちゃけ♥ もっとも、友美と涼子の前でしか、こげなこつできんっちこと、自分でもわかっとうけどね♦」
「要はわたしたちんこつ、信頼してくれとうってことやね♡ そこんとこが孝治のええとこっちゃよ♡ やけん、今はわたしかて、孝治ん前で裸になっても平気な気分なんよねぇ♡」
友美も話に加わってから、孝治といかにも仲良く――と言った感じで、滝つぼの水を浴びていた。
『ふぅ〜ん……そげなもんかしらねぇ……?』
孝治と友美の言葉を聞いても、涼子はまだ不納得の顔付きでいた。どこからどのように見ても、人のことは言えない立場と思われるのだけれど。
『それともうひとつ、別の疑問があるっちゃけどぉ……♐』
不納得はともかく、涼子が話題を変えた。
『あたしたち三人の中で、孝治がいっちゃん胸が大きいように見えるんは、どげんことやろっか?』
「うわっち!」
孝治もこの質問は、一種の想定外だった。もちろん友美も、話に乗ってきた。ふたつの瞳を、興味しんしんに光らせながらで。
「それはわたしも知りたかばい☞ 孝治が初めて女ん子になったときから、わたしよかずっと大きいとやけ☛」
「そ、そげなん、知らんばい!」
孝治としても、これには答えようがなかった。もともと不本意だった性転換に加え、胸の責任までは言われたくない気持ちである。だが、そんなときだった。
「あら? 誰か歌いようばい☏」
滝の水音が響く中、友美がなにかに気づいたらしい。周辺をキョロキョロと見回した。
「ほんとや☎ 誰か女ん子の声みたいやねぇ☟」
孝治もやや遅れてだが気がついた。滝の水音もけっこうやかましいものだが、ここはやはり、それなりに鍛えている戦士の勘に、感謝の言葉を贈るべきであろう。胸の件から話題をそらしてくれたお礼でもって。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |