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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (1)

 黒崎の言葉どおり、今回の仕事は至って簡単。封筒を、ただ届けるだけ。つくづく嘘を言わない店長である。

 

 ただし、多少の距離があるからこそ、孝治のような専門の戦士に依頼された仕事なのだ。これが同じ町内であれば、幼い子供でもこなせる、『初めてのおつかい』ってなところであろう。

 

 もっとも孝治としては、お金さえもらえば、どんな仕事でも文句はない。それどころか、仕事は楽チンであればあるほど、おおいにけっこう――とさえ考えている。

 

 孝治、友美、涼子の三人は依頼どおり、久留米市の陣原伯爵邸へ封書を届け、謝礼である金貨三十枚を受け取り、北九州市への帰路に着いていた。

 

 しかし戦士の勘で、この仕事の裏に、なにやら陰謀とお家騒動の臭いを感じ取った孝治であった(そもそも、タカが手紙の運搬程度で、金貨三十枚の報酬が破格過ぎ!)。

 

 だけど、これは自分には丸っきり関係のない裏事情――なので、孝治はこちらの物語には、一応無視の態度を決め込んだ。

 

 そんな三人が、街道を快調に進んで行く。もちろん懐{ふところ}の温かい孝治と友美は、今や口笛入りの楽観気分でいた。だけどただひとり、涼子のみひたすら同じ愚痴を、道中で延々と繰り返し続けていた。

 

『もう……哀れな少女が心ん底から落ち込んじょるっちゅうのに、ようそげんして楽しゅう仕事ばして稼げるもんっちゃねぇ☠ やけん帰ったらちゃんと、あたしん絵ば捜してや☛ 約束やけね♐』

 

「涼子! いい加減にしや!」

 

 つい腹に据え兼ねたらしい。友美にしては珍しく、大きな声で涼子を怒鳴りつけた。しかしここで孝治は、友美と涼子の間に右手を出して入り込み、ふたりを鎮めてやった。いわゆる大人の気分になって。

 

「まあ、待ちんしゃい♠ 涼子が自分の絵んことば心配するんは当然のことやけね♣ だけどおれはこの仕事ん間、ずっと考えたんやけどねぇ♦」

 

「……考えたっち?」

 

『なんを……ね?』

 

 友美と涼子がそろって、なにやら自信あり気分の孝治に聞き耳を立てた。ところが孝治は孝治自身で、実はあまり自信がなかったりもする。

 

少々矛盾した話なのだが。

 

だけれど、ここまで注目をされたら、もうあとには引けない気持ち。とにかくとっさの思いつきを、口からペラペラと並べてやった。

 

「おれの考えはこうっちゃね♠ 泥棒が絵ば盗んだからっちゅうても、それを自分ん家{ち}で飾るわけなかろうも☻ やけん必ずって言うか、絶対に闇の故買屋に売り飛ばすに決まっとうけ☜ そして故買屋からどっかの画商に渡って、それからまた転々と転売して渡るうちに、いつかは未来亭に帰ってくるんやなかろうか……なあ……っちね♥」

 

「それってすっごう気が遠くなりそうな話やねぇ☁」

 

『それじゃ絵が戻る前に、あたしんほうが生まれ変わっちゃうやない♨』

 

 孝治の考えは、友美と涼子の両方から、不評の烙印をいただいた。孝治はこの結果に、思わず首を左に傾げた。

 

「そうけ? 我ながら、ええ考えやち思うたんやけどねぇ……☡」

 

『却下!』

 

「右に同じばい☢」

 

 さらに駄目押しの総スカン。孝治としては、面目がまるでなし。

 

「わかった、わかった☠ 約束っちゅうわけにはいかんとやけど、帰ったらまた涼子の絵ば取り戻すために、最善の努力ば尽くす……これでよかっちゃろ?」

 

『ダメっ! そげな政治家言葉って、いっちゃん好かんのやけ!』

 

「おまえなぁ……無理もたいがいにせえよ♨」

 

「ふたりとも、ちょい待ち!」

 

 ここで危うくケンカとなりかけた孝治と涼子の間に、今度は友美が割って入った。ただし、これはケンカの仲裁ではなく、理由は別の方面にあるようだ。

 

「孝治、ここってなんだか、久留米への行き道と違う道筋っちゃよ☞ もしかして……そうなんけ?」

 

 友美は周辺を、キョロキョロと見回していた。

 

 現在三人は、久留米市から北九州市に帰る道中にあった。ところが友美は、今自分たちが歩いている道が、旅人たちがふつうかつ頻繁に通行する街道から、少し外れていることに気がついたらしい。それもどうやら博多市方面ではなく、東側の山地の方向――筑豊方面へと向かっている感じに。

 

 その事実を指摘された孝治は、涼子とのケンカ寸前を、コロッと忘れたふり。ついでにニヤけた気分となった。

 

「わかったけ? そうっちゃよ♡ 今回は博多県ん中だけの旅なもんやけ、帰りにあそこにちょっと寄ろうっち思うてね♡」

 

「わかった! あそこっちゃね♡」

 

 さすがは長きに渡る、冒険のパートナーである。友美にも孝治のある企みが、すぐにピンと伝わったようだ。そうなると、話が見えない者は、涼子ただひとりとなる。

 

『ねえ、『あそこ』ってなんね? 楽しいとこ?』

 

 涼子が瞳を点にして、友美に尋ねた。だけど友美は、わざと意地悪をしているらしい。回りくどい言い方で答えていた。

 

「あんね、ここ筑豊地方はわたしの生まれた場所であって、遠賀{おんが}川の上流になるっちゃよ♡ そんで、あの場所はわたしが子供んころからよう知っちょって、ずっと前に孝治にも教えたと♡ そんで孝治もそこばすっかり気に入って、チャンスがあれば、いつも時々寄りようと♡ やけん、そこに着いたら涼子にも教えちゃるけね♪」

 

『そげな説明じゃ、いっちょもわからんちゃよぉ☂』

 

「よかよか♥ 行く先はこっちやけ☞ 涼子も迷子にならんようにしや♪」

 

 すっかり乗り気の孝治も、困惑気味である涼子にお構いなし。東の方向を、右手で指差すだけでいた。

 

『ぶぅーー!』

 

 けっきょく左右のほっぺたをふくらませた幽霊をからかいながら、孝治と友美のふたりだけが知っている場所へ、そろって足を向けた。

 

 念のため、幽霊とはいえ涼子にも、しっかりと足は存在する。

 

『もう! やっぱしあたしん絵よか、遊びんほうが優先なんやけえ!』


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