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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (12)

「うわっちぃ! あっちゃあーーっ!」

 

 知られてはいけない真実が、思いっきりバレてしまった。おかげで孝治は、顔面が瞬く間に紅潮化の気分。それなのに秘密をバラした当人である桂は、ペロッと舌を出しただけ。ただし、彼女に罪はない。もともと孝治の性転換は、未来亭内はおろか隣り近所――果ては全市内の誰もが知っている、公然の機密であるからだ。

 

 要はいずれ、真岐子が真相を知ることが、早いか遅いかの違いだけなのだ。

 

 だけどもやはり、彼女なりに衝撃を受けたご様子。

 

「もう! がばスケベったいねぇーーっ!」

 

 真岐子が今さらながらに、真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠した。おまけに先輩給仕係たちが孝治を見つめる目線も、今や氷点下以下の極寒地並み。これはもしかすると、当分口を聞いてくれないかも。

 

(あちゃあ〜! もう最悪っちゃねぇ……☂☠☃)

 

 さらに『泣きっツラにスズメ蜂』のごとく、二島までもがこの騒ぎに、興味を示す始末となった。

 

「ほう、なにやらお話をおうかがいいたしましたところ、あなたは本当は女性ではのうて、男性やとおっしゃられるのでございますか✍✎」

 

 二島のうしろでは黒崎が、今やあらぬ方向に顔を向けていた。

 

 もっともエルフの吟遊詩人の場合、純粋な気持ちで孝治の性転換を興味の対象にしているのだろう。だけどむしろそのほうが、遥かに性質{タチ}が悪い事態と言えるかも。

 

「なるほど、これは大変に珍しゅうおまんなぁ✍ 私も長い間、吟遊詩人を名乗って諸国を放浪いたしておまんのやけど、このような奇妙奇天烈なる変身話は、私のこの長い小耳でさえも挟んだ記憶すらございませんですし、悠久の歴史を誇る私どもエルフの間でも、そのような伝説は一切伝わっておりまへんのやで✒ まあ、確かに大自然の一部にはオスからメスへ、あるいは反対にメスからオスへと転換することによって、子孫を後世に繋ぐ生態を生業とする生物も存在しうるのでございまするが、なにぶんにもそれは、あくまでも下等な生物に限って起こりうる事例でございまして☞ いや、確かにライカンスロープ{獣人}と称される種族の方々などは人から獣、あるいは獣から人へといった具合に、変身などを行なう種族もございまするが、彼らの場合、変身には呪術的要素もございまして☝ また、それでも性別の変換だけは神か魔物の超力を持ってしましても不可能と、ある高貴な僧侶が述べられておりましたのを私めは耳に納めた記憶があり、かつ、それが一般の人間の身に起こりえようとは……」

 

 超多弁吟遊詩人――二島の、毒気入り長御託を右の耳から左の耳へと素通りさせながら、孝治はつまらない思案に暮れていた。

 

(……なるほどぉ……この先生にしてこの教え子けぇ……こりゃ確かに別の意味で、独特な才能に気づくわけっちゃねぇ☠ どっちもしゃべりだしたら止まらんっちね♠ 類は友を呼ぶってか♢♤)

 

 要するに再び、頭の中を違う話題でフル回転。曇りに曇ったおのれのブルーな気分を、なんとかごまかそうとしているわけ。

 

 もっとも、このような虚{むな}しい現実逃避的方策よりも、今は地に落ちた信頼と好感度を向上させる努力のほうが、言わば先決やなかろっか?――とも、少しずつ思い直してもいるのだけれど。


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