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『剣遊記V』

第二章 おしゃべりの国の人々。

     (11)

 それはとにかく、孝治と新人給仕係――田野浦真岐子の意表を突いた再会は、当然周りにいる給仕係たちも、いろいろな意味で騒がせた。

 

 中でも状況を最もおもしろがっている登志子と桂が、しつこく孝治に迫ってくる。

 

「ええっ! 孝治くんと真岐子ちゃんってぇ、もうお知り合いやったとぉ?」

 

「ちょっとぉ! いなげなことになっとうやない! なんがあったか教えてつかーさいよぉ!」

 

「そ、それは、ちょっとぉ……

 

 もちろんの話ながら、孝治は返答に詰まった。進退窮まって、ふと左横に顔を向けてみれば、友美も『言わんほうがええ✄』といった感じで、頭を横に振っていた。

 

 なにしろ山の中で裸ん坊同士バッタリと、鉢合わせをやらかしたのだ。そんな事実を、真っ当に話せるはずがない。

 

 ところがそんな孝治の苦悩など、真岐子はまるでお構いなしの感じ。

 

「そうなんですよ! 実はですね、先輩の皆さん♡ わたしとここにおられる孝治さんとは、初めてお会いしたとき、お互いに裸やったとですよぉ♡」

 

「うわっち! うわっち! うわっち!」

 

 孝治は両手を開いて前に突き出し、『やめちゃってや!』の仕草を繰り返した。しかしそれでも、真岐子が例の早口で、暴露話を素早く開始してくれた。

 

「初めて会ったときの姿が生まれたまんま同士やなんち、これはこれでけっこうロマンチックばいねぇ♡」

 

「ええーーっ! 生まれたまんまぁーーっ?」

 

 彩乃が裏返った驚き声を上げた。ちなみに彼女は、重症の乗り物酔いで寝込んだはず。だがさすがに現在、回復を果たしたようである。そこはヴァンパイア特有の、強靭な生命力の賜物{たまもの}であろう。

 

 とにかく全員が一様に動揺(?)している中、ラミア娘――真岐子の無神経を大型壁面絵画に描いたような、過激なおしゃべりが止まらなかった。

 

「そうなんですよ! 先輩の皆さん♡ あれはわたしが、ある泉で裸んなって水浴びばしようときやったとです♡ 関係なかけど、わたしって下半身がこれなもんやけいつも丸出しなんですけど、さすがにおっぱいば見られるんは恥ずかしいとですから、誰も周りにおらんことば確かめてから服ば脱ぎましたとです♧ ところがですね、これで水浴びを満足してから泉から上がったとき、藪ん中から音がしたんでそっちば向いたら、そこにぞうたんのごつこん方がおられたとです♪ わたし見てんとおり、あんまし視力が良うなかもんやけ、最初は男に出歯亀されたっち思うて、悲鳴ば上げちゃったとですよねぇ♫♬」

 

「出歯亀ぇ?」

 

 間違いなく犯罪の証しであるこの単語が、真岐子の口から出たとたんだった。勝美や由香たちの瞳が急激に冷却化していくのを、孝治ははっきりと身に沁みて感じ取った。

 

 孝治は慌てて、頭を横にプルプルと振った――が、後の祭り。一度めばえた疑惑の種は、簡単には摘み取れそうになかった。

 

 そのような状況下でもさらに、真岐子の周りの空気お構いなしである舌禍が続いた。

 

「でも、わたしがメガネばかけてよう見直したら、これがなんと、とっても綺麗な裸の孝治さんやったとですよねぇ♡ わたしそんとき、瞳ん前に本モンの女神様んごたる神様が降臨ばしたかっち思うたとですよ♡ それやっちゅうのに最初んうちだけやったとは言え、孝治さんば男やっち思うて勘違いしちゃったわたしって、とってもとっても迂闊{うかつ}やったとですよねぇ♪ ごめんなさい! 反省しとりますばい!」

 

 人を窮地に追い込むだけ追い込んで、真岐子がペコリと頭を下げた。

 

「はは……もうよかっちゃよ☢ そげな小さかこつ……☠」

 

 ラミア娘は大きな誤解をしているままだが、これで穏便に済んでくれるものなら、この際それでも良し。あとは傷口がこれ以上広がらないよう、孝治は事態の収拾を、ひたすら内心で願い続けた。

 

(とにかくもう、今はこれ以上黙ってくれっちょったら恩の字なんやけどねぇ……☂)

 

 ところがやはり、世の中そうは問屋が卸してくれなかった。

 

「そげんがばい人やったばいねぇ☢ 孝治くんってぇ♨」

 

「自分が性転換したのをええことに、女の子の水浴びシーンば覗きよったとはねぇ♨」

 

「もう軽蔑にゃん! お風呂もやっぱし、男湯に入ってもらうにゃんねぇ♨」

 

 勝美や由香や朋子たちのひそひそ声が、嫌でも孝治の耳に入ってくる。

 

(やっぱもうあかん! これでおれの好感度ガタ落ちばい……☠)

 

 まさに孝治の面目丸潰れ。失点回復のためにはこれから先、いったいどれだけの苦労を積み重ねればよいものやら。

 

 そこへ、これ以上傷口に塩を塗り込むのはやめてほしいと思っているのに、桂が真岐子の左耳に、こそこそと耳打ちをしていた。

 

「違うんよ♡ 孝治くんはほんとはねぇ……♡」

 

 なにを話しているかは、聞かなくてもだいたいわかる――ってなものである。なにしろ真岐子の、もともと大きくて丸っこい瞳が、さらに輪をかけて大きく丸っこくなったものだから。

 

 度の強そうなトンボメガネの作用もあって、彼女の顔の約半分以上が、まるで大型化した瞳で占められたかのよう。そんな真岐子が素っ頓狂な、高めの驚き声を張り上げた。

 

「ええーーっ! 孝治さんって、男やったとですかぁーーっ!」


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