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『剣遊記V』

第一章  怪盗暗躍。

     (12)

 またひとつ、涼子は未来亭の不思議を垣間見た思いがした。

 

そんな幽霊に見られていようとは、絶対に知らないに違いない。人間の姿に戻った朋子がなにやらブツブツと、涼子とはまったく関係のない愚痴を垂れていた。

 

まずは下着をきちんと着用。それから床に散らばっている、自分の制服を拾い集めながらで。

 

「もう! せっかく人がゆっくり休憩ばしよったにょにぃ、桂ったら急に呼び出しに来るにゃんやけぇ☠ そりゃ確かに彩乃が休んにゃったけ人手が足りにゃいけ、猫の手も借りたいにゃんってのもわかるにゃんやけどねぇ……にゃからって、ほんとの猫のあたしん手まで、借りんでもいいじゃにゃいっつうの!」

 

 ちなみに彩乃は朋子が言うとおり、いまだに重症の乗り物酔いから回復しないまま。自分の部屋で棺桶に入っての療養を続けていた。

 

 涼子はそんな朋子の愚痴を、窓の外からジッと聞き入っていた。

 

『やっぱり未来亭って、ほんなこつ変わっとうばいねぇ♋ あたしみたいな新米の幽霊なんて、いっちょも足元にも及ばんかもねぇ✐』

 

 自分自身の立場など、無限大∞で載せられる棚の上。今さらながらに、未来亭の奥深さに驚嘆する涼子。そんな幽霊の見ている前で、制服を着終わった朋子が、自分の部屋からさっさと職場へと向かっていた。

 

このとき涼子は突然、うしろから声をかけられた。

 

「涼子っ! ここにおったとやね♨ 捜したっちゃけね♨」

 

『きゃっ!』

 

 またもや涼子ビックリ。声の主は、今度は友美であった。それも二階の高さにいる涼子に、真後ろから声をかけたのだ。

 

『な、なんね、友美ちゃんけ☁ 浮遊術ば使いよっとね☟ 心臓が止まるっち思うたばい☃』

 

「幽霊専用のギャグはよかと♨ 涼子かて風船🎈みたいにふわふわしとうっちゃよ♨ おまけにこれって、けっこうきつかっちゃけね♨」

 

 涼子の言うとおり、軽装鎧を着用している友美は、浮遊の魔術で体を空中に浮かべていた。これならば涼子がどのような高い場所にいたところで、楽勝で声をかけられるわけである。

 

 しかし言葉どおりに、魔術の負担が大きなご様子。友美は額にうっすらと、大粒の汗をにじませていた。これは恐らく、未来亭の周辺あちこちを、涼子を捜して飛び回っていたためであろう。

 

「孝治が新しい仕事ば店長から請けたと✏ やけんそれで、涼子も来ないか訊いてくれっち言われて捜しよったんやけど……涼子っていつから、覗きが趣味になったと?」

 

 友美からなんだか、妙な誤解を受けているらしい。涼子は幽霊なのに顔が赤くなる思いとなって、頭をプルプルと横に振った。

 

『ち、違うと! ただ未来亭の給仕係ってすっごう変わっとうのが多いっち、今改めて思うたもんやけ、ついね……それよか孝治ったら、あたしん絵が行方不明のまんまやっちゅうのにそればほっといて、もう仕事ば優先しちゃうわけぇ?』

 

 まだまだ自分の絵画を、まるであきらめられない心境である涼子。これに対し、友美の言葉は、やや辛辣気味だった。

 

「嫌やったら、今回は休んでもいいっちゃよ☠」

 

『行く!』

 

 けっきょくどんな場合でも、冒険の誘惑には勝てない涼子であった。


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