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『剣遊記]』

第五章 必殺! お仕置き人参上。

     (6)

 酒宴の席に、突然ドサッと響き渡った物音。酒を酌み交わしていた男たちの手が、ピタッと止まった。

 

「な、なんごとじゃ!」

 

 蟻連が立ち上がって叫んだ。これにて早くも、酔いが醒めた感じ。また、側近たちも同様だった。

 

「へい! 外からの音のようです!」

 

 すぐに粗利蚊が、音の聞こえた方向の扉を開いた。この酔い醒ましの素早さは、大いに誉め称えるべきであろう。

 

 それはとにかく、粗利蚊が扉を開いたとたんだった。たった今小用を足しに出ていたはずの弟分が、明らかに何者かによってボコボコにされた姿で、部屋の中にバタッと倒れ込んだではないか。

 

「わわぁーーっ!」

 

今のは粗利蚊の驚き声。おまけにそいつのズボンが、某液体によりぐっしょぐしょ。たちまち臭気が、宴会場全体に広まる事態となった。

 

「げっ! 出人! わわっ! 臭せえ!」

 

「ど、ど、どげんしたとや! いってえ! く、臭かぁ〜〜☠」

 

 粗利蚊と有混事が叫べどわめけど(ついでに鼻をつまんでいる)、出人は気絶をしたまま。それほどに、こっぴどくやられていた。

 

「司教! まさか、あいつらの逆襲やなかろっか!」

 

 有混事配下のひとり――蹴飛{けるぴ}(名称初登場)が、鼻をつまんだままの真っ青顔になり、これまたその他大勢といっしょになってわめき立てた。だが尋ねられた当の司教も、顔中冷や汗たらたらの有様となっていた。

 

「う……ぐぐぐ……☠」

 

 恐らく有混事は、信じたくなかったのであろう。蹴飛が言う『あいつら』なら全員、捕えて厳重に監禁をしているはずやっちゅうとに――と。

 

 だが、今の自分たちに恨みを抱いている者たちは、やはりやつら以外には考えられなかった。

 

 見張りに残していた兵たちのいる古城から、いったいどのようにして脱出してきたのか。それは今のところはわからない。しかし状況がこの有様では、理由はとにかくまんまと逃げられた――としか考えられない事態と言えた。

 

「敵じゃあ! 敵がこん屋敷に潜入しちょーるでぇ! 者ども全員、武器を持って出会えーーっ! 出会うんじゃあーーっ!」

 

「はっ!」

 

 顔面汗まみれの有混事を脇に置き、豪邸の主である蟻連が、高らかな絶叫を繰り返した。うっぷと吐き気を堪えながらで。それからただちに、配下や子分どもがそれぞれの手に剣や斧を構え、屋敷内の随所へ散っていった。臭いから逃れる理由も兼ねて。ついでに小便まみれの出人も、気絶のまま外におっぽりだす。これにて宴会場に残った者は、蟻連と有混事。さらに律子と祭子の四人だけとなった。

 

 ここで有混事が、律子に顔を向けて言った。小便で濡れた畳に、臭い消しの魔術をかけながら。

 

「おめえらは吾輩といっしょにおるったい! やつらがほんなこつ逆襲に来たとしたら、おめえば最後の盾にしちゃるったいねぇ☠」

 

 こんな情けない妄言をほざく有混事の目には、露骨に怯えの色が強くにじんでいた。しかしもちろん、そのような単純極まる脅しに屈するような律子ではなかった。彼女はむしろ、安心を思いっきり表わすような気持ちになっていた。

 

「やっぱし、ヒデも孝治くんたちも来てくれたんやねぇ♡ あきらめんでほんなこつ良かったぁ♡」


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