『剣遊記]』 第五章 必殺! お仕置き人参上。 (10) 粗利蚊はふたりの弟分を連れ、屋敷東側の塀の外を捜索していた。
「兄貴ぃ〜〜、さっきの悲鳴は、いったいなんやったと思いますけぇ……?」
左手に持つ角燈で、夜道の前方を照らしている惹歯{じゃくし}(名前あり。他の雑魚に比べて幸運なやつ)が、怯えで小刻みに全身を震わせていた。
おかげで照明までが、ブルブルと震えて見える始末。それもそのはず惹歯を始め三人の耳には、たった今森の方角から木霊した、大きな風の音と何者かの叫び声がこびり付いているのだ。
「しぇ、しぇからしかぁ! ちったあ黙っちょれって!」
などと強がりをほざく粗利蚊の両足も、今では体を支えるのがやっとのくらい、地面でガタガタと震えているのだ。
「な、なんがあっとんのかは知らんばってん、あいつらの仲間の魔術師の魔力は、全部司教殿が封じてくれとるんやけね! やけんおれたちは、戦士の奇襲だけ気ぃつけとりゃよかと!」
無論粗利蚊は知らなかった。孝治たちの仲間の中に、幽霊やワーシーロー{カモシカ人間}がいることを。
孝治たちは意識をしていないのだが、これも一種の『敵を欺くには、まず味方から✌』の、戦法だったりして。もっとも幽霊(涼子)に関してはまさにそのとおり、味方も見事に欺いているけど。
「誰じゃ!」
このとき惹歯が、道の遥か前方を角燈で照らし出し、甲高い声を張り上げた。
「ん? どげんしたや……ああっ! 貴様はぁ!」
弟分につられ、粗利蚊も声を上げた。それからもうひとりの弟分――獅子猪{ししいの}(ここまでくれば、名前を付ける必要あるのか?)が、備えていた短剣を、腰のベルトから引き抜いた。もちろん粗利蚊と惹歯も同様だった。
三人がこのように戦闘態勢に入った理由は、道の前方に軽装鎧を着た戦士風の男が、堂々と立ちふさがっていたからだ。しかもこの男には、これ以上はないほどの大きな特徴があった。
粗利蚊はその特徴を、はっきりと覚えていた。ただし夜中だと、その特徴がなんだかとても、滑稽に見えるのだけど。
それはとにかく、確か昼間に捕えた律子の仲間に、なにを気取っているかは知らないが、そんな風の男がいた。
「ず、ず、ずっとサングラスばかけっちょったやつぅーーっ! 貴様けぇーーっ!」
粗利蚊の絶叫に、黒いサングラス😎の戦士――荒生田が言葉を返した(本心ではリーゼントにも突っ込んでほしかった)。
「ひとぉ〜つ、人の生き血をすすりぃ〜〜☠」
「はあ?」
三人とも、サングラスの戦士――荒生田がいったいなにを言っているのか、さっぱりわからなかった。しかし、そんな彼らの思いなど構わず、荒生田の勝手な口上は続いた。
「ふたぁ〜〜つ、不埒な悪行三昧☠」(また番組が違うっちゃよ☜ 孝治談)
「おれたち、なんか不埒んこつしたんけのぉ?」
獅子猪の突っ込みも、荒生田は無視した。
「みぃ〜〜っつ……?」
ところがここでなぜか、口上が途中で中断。モゴモゴと口ごもるばかりで、三度目のセリフが一向に出てこなかった。
ぶっちゃけて言えば早い話。荒生田はこのあとの決めゼリフをド忘れしただけ。
「おらおらおらぁ! どげんしたやぁ☠ 次ん言葉が出てこんのけぇ☀」
急にカッコ悪くなったサングラス男――荒生田の悪足掻きを見て、粗利蚊が一時的に失っていた威勢を取り戻した。
そう。粗利蚊は確信したのだ。
こいつ、馬鹿たいねぇ――と。
「構わんけ、こいつばおめえらふたりで畳んじまいやぁ!」
「おおーーっ!」
「へぇーい!」
兄貴分の号令で、惹歯と獅子猪のふたりが、一斉に荒生田に向かって飛びかかった。
これにて荒生田和志。絶体絶命の危機――かと思いきや――であった。
「ばっけろぉーーっ! てめえらが横{よ}っからゴチャゴチャ言うもんちゃけ、決めようっち思いよったセリフば忘れてしもうたやなかねぇーーっ♨ てめえらは人ん花道ば立てちゃることもできんとけぇーーっ!」
突然逆に居直って、荒生田は獅子猪以上の素早さで、腰のベルトから中型剣を引き抜いた。
「ぎゅでがっ!」
「じゅまんじゅっ!」
さらにそのまま、ザクッ ボズッと、あっと言う間に惹歯と獅子猪のふたりを、見事な剣さばきで地面に撃沈してしまう。
「安心せえ♡ 骨まで斬っちょらんけ、これもまた峰打ちっちゃけね♡」
今回何度もほざいた戯言を、この場においても繰り返す荒生田。このセリフ、自分でけっこう気に入っているようだ。
ついでに鞘付きの剣であれば、確かに肉を斬るまでにはいかないだろう。その代わり、骨を断つ結果には変わりはないとも言えそうだ。
「き、貴様ぁーーっ!」
戯言はとにかく、ふたりの弟分を目の前で倒され、粗利蚊の逆鱗が一気に爆発した。
「殺しちゃるーーっ!」
すぐさま粗利蚊も、腰のベルトに携えていた剣――こちらは鞘から抜いている――を、荒生田に向けて身構えた。
ところが戦いの顛末は、実に呆気なかった。
「こん馬鹿チン☠ 剣に魂がこもっとらんばい☠」
「ぎゃんっ!」
訳のわからない説教をされたあと、脳天に剣の一撃(もちろん峰打ち)をボガッとお見舞いされただけ。
「ゆおーーっし……じゃねえっちゃよ☠ ったく、どいつもこいつも弱過ぎっちゃねぇ☠」
いっぺんに三人も片付けたというのに、荒生田は不満の思いでいっぱい。
自分のカッコ良さのご披露が、いまいちだったためでもあろう。とにかく始終奇矯丸出しであっても、荒生田和志はこのような男なのだ。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |