『剣遊記T』 第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。 (9) 時刻は現在、正午前。未来亭の三階、三百二十一号室。黒崎のメモによれば、今回の仕事の依頼人は、この部屋に在泊中――と書かれてある。
孝治は友美と、おまけでふたり以外には誰にも見えていない涼子を伴い、依頼人を訪問することにした。
仕事の内容は、お忍びの旅の護衛。そのために事前の綿密な打ち合わせが、特に必要な依頼なのであった。
「依頼人の名前は、天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}さんやて✍ 友美とおんなじ魔術師ばいね☟ 店長のメモじゃ、かなり優秀な腕を持つっち書いとうとやけど☻」
「へえ、そうなのぉ☺」
メモを読む孝治の右横で、友美が軽いうなずきをしていた。そこへ上から覗いている涼子が(現在浮遊中)、こちらはこちらで、早速のツッコミを入れてくれた。
『でも、戦士が魔術師の護衛するんならようわかるっちゃけど、友美ちゃんもおんなじ魔術師なんやろ☚ 魔術師が魔術師の護衛するなんち、こともあると?』
今回、冒険初参加の涼子は、とにかくいろいろと話を訊きたがっているようだ。これに友美が、口調を優しくして答えてやっていた。
「それは別に、珍しかことじゃなかっちゃよ☺ 実力の差も関係するっちゃけど、魔術師が魔術師の護衛ばするっち、実はけっこうあることやけ♪」
『へぇ〜〜、そげんねぇ✍ やっぱ冒険って、奥が深いんやねぇ♠』
涼子が一応、納得したらしいの相槌を打った。孝治も調子を合わせて、話に加わった。
「まあ、確かに魔術師の経歴の差もあるみたいやけど、今回は特別みたいっちゃね✊ 依頼人の天籟寺美奈子さんは、メモには二十歳{はたち}って書いとうけ、友美とそげん、力の差はなかっち思うとやけどねぇ✄」
『ずいぶん若い魔術師なんやねぇ⛱ 孝治が女の子で良かったかもしれんばい♥』
「よ、よけいなこつ、言わんでよか!」
思わぬ所できつい一発を、孝治は涼子からお見舞いされた。孝治とて、若い女性の魔術師に興味がなんかなか――と言えば、それは大きな嘘になるからだ。
「は、早よ、依頼人に会うばい!」
孝治は涼子からの挑発に、これ以上乗らない策にでた(つまり逃げた⛐)。それから三百二十一号室のドアの前に立ち、右手でノックを二回、トントンと叩いてみた。
だけど、中からの応答はなかった。
「うわっち? 留守やろっか?」
打ち合わせが行なわれる予定は、依頼人も知っているはず――なのだが、ドアの向こうに、人のいる気配がない。
孝治は首をひねった。するとうしろから、涼子が意気揚々とした態度で身(?)を乗り出した。
『じゃあじゃあ、あたしが中ん様子ば見てくるけ♡ 壁抜けは幽霊の十八番{おはこ}やけね♡』
涼子は早くも、やる気満々のご様子。しかし孝治は右手を前に出し、涼子が今から壁抜けしようとする寸前を止めさせた。
「駄目っ! 大事な依頼人にそげな失礼な真似すんのは、戦士の誇りが許さんと!」
自分でも珍しいと思えるほどの強い口調で、孝治はカッコをつけて言い切った。それから涼子をうしろに下がらせ、今度は自分から、ドアのノブを右手で握った。
『もう、人がせっかく、やる気ば出しよんのにぃ☹』
孝治の背中では涼子がまたも、フグのようにふくれている感じ。妙に明るいだけではなく、けっこう短気な一面も持っているようだ。その涼子が友美に、小さめの声でささやいた。
『孝治って、意外と堅物{かたぶつ}なんやねぇ☠ いつもこんなんけ?』
「まあ、堅物ってより、見栄っ張りな部分がほとんどやけどね♪ こげなときって、わたしに開錠の術も使わせんとよ♥」
涼子に応える友美の口調には、かなりの苦笑いが含まれている感じがした。
(ふたりとも、言いたいことばっか言うてからにぃ……☠)
背中から聞こえるくすくす笑いに、孝治は苦虫を六百二十五匹分噛みつぶす思いで、握ったノブをキュッと回してみた。
ドアは簡単に、ガチャンと開いた。
「うわっち?」
孝治としては、本当に留守かどうかを確かめるつもり――だっただけ。だから鍵の開けっぱなしには、かなり拍子抜けの思いがした。
「この部屋、鍵がかかっとらんばい?」
しかし無施錠とわかれば、今度は遠慮をしなかった。孝治はドアを、部屋の在住者――依頼人の許可なしで、大きくバタッと開いてみた。
『誇りが許さんのやなかったと?』
「けっこう、いい加減なとこもあると☠」
「しゃあしぃーーったい!」
涼子と友美のこそこそ話を背中で受けながら、孝治は三百二十一号室に、事実上の無断で入室した。 (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |