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『剣遊記T』

第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。

     (7)

『ほんなこつ朝っぱらから、おもしろかぁ〜〜ってなもん、見せてもろうたっちゃねぇ♡』

 

 このとき孝治の頭には、涼子が肩車で乗っていた。

 

 そうなのである。涼子こそが、孝治げっそりの、真の原因なのだ。

 

 ただし、肩の上にちゃっかりと腰掛けられていては、孝治には位置的に涼子の顔が見えなかった。だけど、その小憎らしいしゃべり方からして、実に楽しそうな様子だけは、勘が少々にぶいのを自覚している孝治にも、ビンビンに伝わっていた。

 

 たぶん、誰もいない朝の酒場の光景を、好奇心旺盛に、キョロキョロと見回しているのだろう。まるで小鳥のようにして。

 

 さらに言えば涼子は、現在も真っ裸のまま。『見えないことはいいことだ☆』を、思いっきりに実践中。生きて実行すれば、間違いなく公然ワイセツ罪で、即逮捕の有様でいた。

 

 おまけにもしも、本当にそのような事態にでもなれば、恐らく共犯は免れないであろう。そんな状況下にある孝治は、今もムカつく気分のまま、カウンターの前から窓際のテーブル(西側)に居場所を変えた。

 

 ここならひそひそ話をしても、店長には聞こえない――と思うから。

 

「で……いつまでおれん肩に乗っとうつもりね?」

 

 開口一番、孝治の文句の矛先は、当然涼子に向いていた。ところが涼子ときたら、孝治のやや押し殺し気味である問いかけに、まるで耳を傾ける素振りもなし。相変わらず楽しそうに、店内ばかりを見回しているようだった。

 

 そのまるで子供のような振る舞いに、孝治はふと、初めて未来亭の門を叩いた日のことを思い出していた。

 

 ようやく戦士として身を立てたものの、ひとりでの冒険決行は無理な話。そこで手近なギルドを求め、孝治は魔術師の免許を皆伝したばかりである友美といっしょ、未来亭の募集広告に応じ、無難に採用された。

 

 生まれ育ちが同じである戦士や魔術師、盗賊などが、すでに大勢所属している縁もあって。

 

 ところが店内に、一歩足を踏み入れたとたんだった。内部の奇々怪々な面々と雰囲気に、孝治は正直度肝を抜かれたものだった。それでも自分自身の順応力の高さに今さら驚きながらも、孝治は楽しく戦士稼業に励んでいた。

 

(おれかて初めは、この店がすっごう珍しかったっちゃけねぇ☻ 営業自体はまあふつうなんやけど、それでも日本中こげな店、どこにもなかっち思うけんね♥)

 

『ほんなこつ、他とはちょっと空気の違う店っちゃねぇ♡』

 

 孝治の昔話回想中に、涼子もようやく気が済んだらしい。孝治の肩に居座ったまま、軽い調子で孝治に話しかけてきた。孝治の回想と、だいたい似たようなことを言いながらで。

 

『あっ、ごめんちゃね♡ 店ん中が改めて見ておもしろかったもんやけ、つい夢中になってしもうたっちゃよ♡ で、今なんか言うたと?』

 

「今言うたこつ、忘れんやなかばい♨ もう一回言うけ☛ いつまでおれん肩に乗っとう気ねっちゅうことばい☞」

 

 同じ文句を、二回も言いたくはなかった。だけどもちろん、涼子の返事は、いかにも軽い調子のままだった。

 

『そげなつまらんこつ、いちいち気にせんでええっちゃよ♡ あたしって体重ゼロなんやけ、いっちょも苦にはならんやろ♡』

 

 そのとおり――ではあった。確かに幽霊には、質量などなし。体重の重い軽いなど、それ以前の話であるのかもしれない。

 

 だからと言って、このままで良いはずもない。

 

「苦にはならんけど、気が重たかと☠!」

 

 やはり孝治にとって、涼子の登場は、これからも頭痛のタネとなりそうだ。だけど、友美が軽く『良かっちゃよ♡』と言ってしまった以上、もはや孝治に、涼子から逃れる術はなし。

 

 とにかくこうなれば、頭痛のついで。孝治は涼子に、真面目な質問を言ってみた。

 

「ちょっと気になっとうとやけど、ちょっと訊いてもよかっちゃね?」

 

『はい、なんでもどうぞ♡』

 

 現在の涼子は、本当にご機嫌で、気前も良かった。孝治は念のため、近くに人(店長)がいないかどうか、周囲をキョロキョロと見回してから尋ねてみた。

 

「そのぉ……なんやね☁ 幽霊は自分が気に入った人だけに姿ば見せるっち、きのうの夜中に言うたっちゃけどおれと友美以外の店長たちっとかに、姿ば見せる気はなかっちゃろっか? よう考えてみれば、ずいぶんと御都合主義な話と思うっちゃけどぉ☃」

 

 孝治は質問をしながら、ふと先ほどの光景を思い直した。実際に黒崎は孝治の頭に乗っている涼子に、まったく気づいていない様子だった。確かに幽霊は、見えないほうが当たり前なのだが。

 

『うふっ♡ それは、やねぇ♡』

 

 孝治の疑問に涼子は、可愛い子ブリッ子(絶滅種)の態度で応えてくれた。裸のまま孝治の頭上で、どうやら体をクネクネさせているようなので。

 

(こいつは生前から、こげなんやったんか?)

 

 孝治は頭痛の、さらなる重症化を感じた。そんな人の気も知らず、涼子の返答はまさに、嬉々とした感じでいっぱいだった。

 

『あたしの絵ば見て可愛いだの、将来は美人になりそうだのって言うてくれたの、孝治が初めてなんやもん♡ それに友美ちゃんもあたしとよう似とうけ、なんか親しみば感じたっちゃねぇ♡ で、あとのみんなは駄目☠ あたしの絵ばいっちょも評価してくれんし、店長もただ、絵ば壁に置いただけやけねぇ♠』

 

「ああ、あんときけぇ……☚」

 

 それならば孝治にも、身に覚えがあった。確かに涼子の絵について、多少は誉めたはずだから。もっともあのときは、友美への『べんちゃら(ヨイショ)☻』も、少々混じっていたのだが。

 

 ついでにこのとき、孝治は店長の悪口も忘れなかった。

 

「店長はあれで感情が乏しゅうて、けっこう鈍感やからねぇ☠ 涼子が友美に似とうことかて、おれが言うまで、いっちょも気ぃついとらんみたいやったけねぇ☠」

 

「誰が感情に乏しゅうて鈍感だがや?」

 

「うわっち!」


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