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『剣遊記T』

第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。

     (5)

『まあ、ええやない☺ どうせあたしん姿、あなたたちふたりにしか見せんつもりなんやけ♡』

 

「そういう言い方っち、幽霊って、自分が姿ば見せる相手を選べるんやねぇ✍ わたし、そげな話知らんかったわぁ★」

 

 すでに涼子の全裸に、瞳が慣れたらしい。友美が違う方面で感心をしていた。これにも涼子は、自信たっぷりで答える余裕っぷりだった。

 

『そりゃそうっちゃよ♪ 幽霊がそんじょそこらの誰でも姿ば見せよったら、世の中の人たちみんな、年がら年中心霊現象の目撃者やけんね✋ もっとも、あたしもそげなことが出来るなんち、死んでから知ったことなんやけどね♫』

 

「じゃ、じゃあ……誰が死んだばっかしの新米幽霊に、そげなこと教えるとや?」

 

『知らんばい♥』

 

 孝治のツッコミは、これまたあっさりと、涼子からかわされた。

 

「そ、そうけ……☠」

 

 孝治はなんだか、拍子抜けの気分。それでもこのとき頭の中で、ひとつの計算がカシャカシャッと働いた。

 

「こりゃいっしょにおったら、確かにええかもしれんちゃねぇ☀」

 

『ありがと! あなたもあたしば、ほんなこつ仲間にしてくれるっちゃね♡』

 

「うわっち!」

 

 孝治の計算は、無意識的に、しかも口から簡単に洩れていた。それからなんと言っても、その隠れセリフを聞き逃す涼子ではなかったのだ。

 

 それはとにかくとして、友美がパチンと、両手を拍手の感じで打ち鳴らした。

 

「わかったわ☆ あしたっからわたしたち、仲間としていっしょに冒険しましょうね♡ その代わりっち言ったらなんやけど、人前であんまし、姿ば出さんようにしいよ♡」

 

『はぁーーっい♡ 友美ちゃん、わかってくれるっちゃねぇ♡』

 

 実に前向きな友美の友達宣言に感激したようだ。涼子は再び、室内での旋回浮遊を再開させた。

 

これこそ幽霊の、最大級の喜び表現なのだろうか。さらに今度は、五周の旋回を終えてから床に舞い降り、友美と『指切りげんまん』までをやらかす展開にまで発展した。

 

「じゃあ、約束やけね♡」

 

『はいはぁーーい♡』

 

「幽霊と指切りっち、いったいどげな感触があるとや?」

 

 孝治はあとで、友美に尋ねてみようと考えた。そのチャンスはむずかしそうだが、ふたりの女の子の間に友情がめばえた(?)ところで、涼子が突然孝治に顔を向けた。

 

「うわっち!」

 

 もう見慣れたばい――と思っていたはずなのに、孝治はやっぱりで、驚いてしまった。理由は改めて見直してみても、涼子が友美に、信じられないほどそっくりであるからだ。

 

(……ほんなこつ血縁関係ばいっちょもない、赤の他人同士なんやろっかねぇ……?)

 

これまた考え込む孝治であった。だけどそんな孝治には構わず、涼子は相変わらずのはしゃぎっぷりで、今度は逆に尋ねてきた。

 

『ねえ、さっきからあたしばっかし質問されようけ、今度はあたしに質問させて♡』

 

「あ、ああ……よかっちゃよ♠」

 

 なんだか、すっかり調子がおかしくなる思いだが、孝治は軽くうなずいてやった。それから早速始まった涼子の質問とやらは、かなりの早口だった。

 

『あなた……さっきから聞きよったら、『こうじ』って名前よねぇ✎ でも、見たところ女ん子やのに『こうじ』って、どげん聞いたかて男みたいな名前やし、しゃべり方も着てる寝間着も男モンの感じやし……いったいどげんして、そげな風にボーイッシュなわけぇ?』

 

(そら、来た!)

 

 質問は(まさに)孝治の予測どおりだった。これからも百人の初対面者に出会えば、その百人から同じ質問を繰り返されるに違いない。涼子も恐らく、その辺がずっと気になっていたのだろう。

 

『ねえ、もしかして孝治って……男装が趣味やなかでしょうねぇ?』

 

 孝治はコケた。

 

「そ、そげん言われたんは、涼子が初めてばい!」

 

 ついでに頭の中で、ふたつ付け加えた。

 

(せ、性転換手術よりは、マシっちゃけどぉ……おまけで言うたら早くもおれんこつ、呼び捨てにしとうっちゃねぇ♐ でも、もう突っ込まんどこ⛑)

 

 孝治は咳払いをコホンとひとつして、涼子に言い返した。

 

「と、とにかく、おれにそげな気はいっちょもなかやし、手術もしとらんのやけね! いったい何回言うたら、わかってくれるとやぁ!」

 

『あたし、一回しか訊いとらんちゃけど✋』

 

 『もうええ加減にしてや♨』の思いである孝治を前にして、涼子はキョトンの顔になっていた。それを見てハッと我に返りつつ、孝治はもう一回、軽い咳払いを繰り返した。

 

「お、おほん! そ、そうやった……と、とにかく、こ、これは……やねぇ……☁」

 

 孝治にとって、自分の変身に関する質問は、やはり耐えがたい苦行の嵐だった。なにしろ理由を説明したところで、誰もが簡単に納得をしてくれるはずもなし。さらには自分自身が、ベラベラと話す気にもなれないから。

 

 戦士ともあろう者が、盗人にまんまとやられたうえ、変な薬を飲まされて性転換しました――などと。

 

 ここで長い付き合いである孝治の本心を、得意の勘で鋭く察知したらしい。友美が涼子の左耳にそっと口を寄せ、小さな声でささやいた。

 

「あのね、聞いたら驚くっち思うとやけどぉ……♠♠」

 

(幽霊相手に耳打ちでしゃべるなんち、いったいどげな感じやろっか?)

 

 孝治は自分の今の立場を脇に置いて、内心でつぶやいた。これも先ほどの、『指切りげんまん』と同じ感じの疑問である。しかもこのとき、友美のしゃべり方に少々の含み笑いが混じっていることにも、孝治は薄々気がついていた。しかしこれに突っ込む気も、もはや皆無であった。友美がこれから言おうとしていることが、ほとんど予想できるばかりに。

 

「孝治は実はやねぇ……♣♣」

 

 孝治のそんな思いに関係なく、友美の話は続いた。だけどその前に、涼子が話の筋をポキッと折ってくれた。

 

『やっぱ友美ちゃんてほんなこつ、あたしにそっくりやねぇ♡』

 

「そ、それはもう、よかっちゃけ!」

 

 同じ話の繰り返しである。友美の顔がたちまち、青白い光の下で赤くなってきた。涼子が今さら強調するまでもなく、ふたりがまさにウリふたつの双子顔であることを、孝治は再び改めて実感した。もう何度目の実感になるのだろうか。

 

(友美も無茶苦茶複雑な気分やろうねぇ〜〜☻ ついでに言うなら、友美には『ちゃん』付けばいね☻ まあ、ええたい☺)

 

 これも声には出さないよう、孝治はこっそりとつぶやいた。この一方、友美は友美で出鼻をくじかれた格好ながらも、どうやら気力で説明を再開させた。こちらはこちらで、大した回復力と言えそうだ。

 

「わたしと涼子がよう似とんのは、単なる他人の空似やけ☢ それよか孝治は、あれでもほんとは男なんよねぇ♀♂ でも、ある事件がきっかけで、女ん子になってしもうたと☠ 悪いやつに変な薬ば飲まされてやね♥」

 

『えーーっ! 孝治っち冗談抜きで、ほんなこつ性転換しとうとねぇ!♐ 人それぞれやけねぇ☀』

 

「軽く簡単に納得するんやなか……☠ それにビックリする方向性が、ちょっとばかしズレとうばい☢」

 

 幽霊でも驚く事態があることを、孝治はこのとき、初めて知った。ついでに孝治自身、話の方向性が違うことを、内心でぼそっとつぶやいた。

 

(友美は涼子ば呼び捨てにしるみたいばいね✐ まあ、どげん見たかて、友美んほうが精神的に大人みたいやけ、これはおれも納得もんやけどね☻)

 

 その精神的大人である友美は、もう眠気の我慢の限界に達しているようだった。

 

「そげんことっちゃね☝ くわしい事情は、いずれ話してあげるけん、きょうのとこはもう、わたし眠とうなってきたけぇ……😴ZZZ」

 

などと先ほどから何回も、大きなアクビを連発し始めていた。

 

「まっ、無理もなかっちゃね☻」

 

 孝治も友美に同感した。彼女の体は連日の強行軍の疲れが、充分に解消されていないのだろう。反対に幽霊は、やはり幽霊だった。まぶたをこすっている友美を脇に置いて、涼子は元気溌剌そのもの。いまだビックリ仰天の形相で、孝治の真正面まで、自分の(半透明の)顔を寄せてきた。

 

『きゃあーーっ! あたし、手術で性別が変わるっち話、本で読んだことあるっちゃけど、それ以外で転換ばして、それも本物の性転換見るんは初めてばぁーーい☺ ほんなこつ凄かぁーーっ! もっとよう、そん顔ば見せちゃってやぁーーっ♡♡!』

 

 この迫力タジタジしつつも、孝治は思った。

 

(……幽霊から、こげん驚かれたっちゅうのも、生まれて初めてやねぇ♋ もっとも幽霊ば見たことかて、きょうが生まれて初めてなんやけど……いったいどげな性格しとうとや? こん幽霊は……☁☂☃)


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