『剣遊記T』 第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。 (4) 「うわっち!」
孝治は思わず、本能的で視線を幽霊からそらした。その一方で、幽霊少女の顔を見たらしい友美が、なにかに気づいたような声を上げた。
「ああっ! あなたって!」
「な、なんか知っとうとや!」
孝治は初め、友美が声を上げた理由がわからなかった。すると友美が歯がゆそうな顔になって、瞳の前に立つ(?)幽霊少女を、右手で指差した。本来ならば人を指で差すなど、大変失礼な行ないである。たとえ相手が幽霊でも、それは例外とは言えないだろう。
などのマナー違反は、今は置いて、友美が声を張り上げた。
「ほ、ほらぁ! あの絵の、わたしにそっくりな女の子やろうもぉ!」
「絵えええええええっ!」
孝治もようやく思い出した。
『ったくもう☹ 程度ん低か駄洒落{だじゃれ}やねぇ☹♨ 幽霊でも背中に寒さば感じるばい☠』
孝治は幽霊から、横目で突っ込まれた――などと、その件も今は棚上げ。それよりも確かに、今瞳の前にいる幽霊は、未来亭の階段に飾られてある、友美にそっくりな肖像画の顔だった。
しかし黒崎は、その少女は死んだと言っていた。だから今、孝治と友美の前にいる少女は、間違いなく本物の幽霊だという話になる。
「そ、そうやったんけぇ……☁」
孝治はすぐに理解した。孝治と友美の周辺で起きた、今までの不思議な出来事。これらはすべて、たった今ふたりの前に現われた、少女幽霊の仕業であったっちゃねぇ――と。
「……あん絵の前で誰かに見られとうような気がしたり、いきなり変な声が聞こえたんは、みーんなあんたのせいやったんけぇ☢ け、け、けどぉ……どげんして迷うて出てきたとや?」
ここは一応、幽霊に対する礼儀(?)。それなりに恐怖を感じながらも、孝治は少女に尋ねてみた。
「な、なんか……この世に未練でもあるとね?」
回答は明瞭だった。
『まあ、月並みやけど、そげなとこっちゃね☆』
少女の幽霊は、特に考える素振りもなし。あっさりと軽い調子で答えてくれた。
「そげなとこってねぇ……?」
孝治の頭の中は、違う意味で混乱した。
恐怖心など、早くも退場。どこからどう見ても、少女には幽霊特有の戦慄感やおどろおどろしさが、まったくもって感じられなかった。
『そげなとこで悪かったっちゃねぇ☠♨』
少女の幽霊がフグのごとく、人並み(?)にほっぺたをふくらませた。その姿がこれまた、友美とウリふたつ。だけどすぐに、気を取り直したご様子。幽霊が身(?)を乗り出して、孝治と友美に積極的態度で迫ってきた。
『まあ、よかっちゃよ♡ それよか今度は、あたしに言わせて! ねえ、あなたの職業、戦士なんでしょ♡ あたし、そげなとにすっごう憧{あこが}れとったとよ♡ なのにお父様もお母様も、あたしが冒険に行きたいっちゅう願いば、いっちょも許してくれんかったと☹ やけん、よかでしょ☆ あたしば仲間にして、冒険に連れてって♡』
間近で拝見をすれば肖像画のとおり、友美によく似た可愛らしい顔だった。でも、それが透けて、うしろの窓や壁が見えるところが、やっぱり幽霊といえた。
「ちょ、ちょっと待ちんしゃい!」
とにかく孝治は、早くもタジタジの思い。助けを乞うつもりで、正真正銘の友美(?)に顔を向け、意見を求めてみた。
「あ、あげなこつ言いよっとやけど……どげんする?」
「そうっちゃねぇ……☕」
友美も考える素振りで両腕を組んだ。それからあっさりと答えるまで、長い時間を必要とはしなかった。
「仲間にしてあげましょ☆」
「うわっち? マジ?」
孝治は瞳が点の思いとなった。反対に幽霊少女は、めでたく念願成就なわけ。
『やりぃ!✌ 友美ちゃんやね、ありがと! 恩に生きるけね♡』
「死んじょるくせに☠」
孝治の定番ツッコミなど無視。幽霊が全身で喜びを表現してか、部屋の中をグルグルと、何十回も旋回浮遊した。ウィル・オー・ウィスプを四個従えて。
そのはしゃぎっぷりを下から眺め、肝心な部分からは瞳をそらしつつ、孝治は友美に再度尋ね直した。
「そ、それって本気け? 幽霊にあげな安直な返事ばしてしもうてからぁ☁」
これに友美は、孝治を横目で見つめ返しつつ答えてくれた。
「だって、ヘタに断ったらあの子、孝治に取り憑くかもしれんばい☠ それでもよかっちゃね?」
「よくなか……☂」
「なら、孝治は黙っとき!」
物事の決定権は、いつも友美が握っていた。そのままガックリと頭を垂れた孝治を尻目にした感じで、友美が少女に声をかけた。
「ねえ、いつまでも喜んじょらんで、自己紹介ばしんしゃいよ♥」
少女の旋回が、ピタリと止まった。
『あっ、ごめんなさい! でも、あんとき階段でも言いよったし、あたしも実はそげん風に思いよんやけど、友美ちゃんてほんなこつ、あたしにそっくりやねぇ♡』
「そ、そん話は……あとにしてや♥」
友美の顔色がほんのりと赤味を増したように、左横に立つ孝治には見えた。改めてそっくりさん幽霊からそれを言われ、今になって照れる気分にでもなったのだろうか。だけど、そのような空気などお構いなし。友美に応えて少女の幽霊が、音もなくふわりと床に舞い降りた。それから直立不動の体勢で、堂々と自分の名前を名乗ってくれた。
『自己紹介するっちゃね♡ あたしん名前は曽根涼子{そね りょうこ}♡』
見掛けとはしゃぎっぷりはともかくとして、育ちと躾{しつけ}は良さそうな感じがした。全裸をさらしても、全然平気そうでいる点を除けば――でもあるが。とにかく性格は、メチャクチャ明るそうだった。
『で、今のあたしは見てんとおりの幽霊やけ、いっしょの冒険に行ったとき、偵察っとか見張りの仕事なんかにすっごく役に立つっちゃよ♡ それからこげなことも出来るとやけ♡』
こんな風で、いかにも自信満々。幽霊少女――涼子が言い切ったとたんだった。孝治の部屋のベッドや机がガタガタと、まるで地震のように揺れ始めた。
孝治は再び叫んだ。
「うわっち! ポルターガイスト{騒霊現象}けぇ!」
ポルターガイスト。それはまさに幽霊が引き起こす怪奇現象の中でも最も有名で、また迷惑な行為である。なぜなら部屋中の家具や置き物などを勝手に浮遊させ、しかもメチャクチャに散らかしてしまうからだ。おかげで後片付けと大掃除が、とても大変で面倒な事態となってしまう。
「わ、わかったけぇーーっ! やけん、店長から怒られる前にやめちゃってやぁーーっ!」
『はぁーーい♡』
涼子のひと声で、震動がピタッと停止した。
『どげんね♡ 凄かもんでしょ♡』
得意技(?)を充分に発揮してか、涼子は御機嫌丸出しの顔となっていた。反対に孝治は、心臓をドキドキとさせながら、口には出さないようにしてつぶやいた。
(こいつ……生きとったときは、ほんなこつ病弱やったんけ? なんかメチャクチャ元気あふれとうばい♨ おんなじ顔して友美んほうが、よっぽどお淑{しと}やかやねぇ☠ ついでなんやけど、顔がそっくりっちゅうことは骨格もよう似とうっちゅうことで声帯もよう似とうけ、声の感じも微妙に似とったっちゅうことばいね✍)
もちろん、このような心の中でのつぶやきがバレたら、当の幽霊が気を悪くするだろう。そこで孝治は別方面の疑問を、涼子に尋ねてみた。
「ひとつ訊いてもよかね?」
『なんね? 遠慮せんで、なんでも訊いちゃって♡』
自分について質問をされると、涼子はなんだか、とてもうれしそうな感じに見えた。その反対にだが、孝治はここで、再び恥ずかしい思いが、急激に胸の中で込み上がってきた。
「ゆ、幽霊っちゅうたかて、涼子は女ん子なんやろうも☞ やけん、いくらなんでも、裸でこの世ばうろつくっちゅうのは……なんちゅうか、すっごい不謹慎とちゃうんけ?」
言うだけ言ってしまったあと、孝治は恥ずかしい思いに加え、目線のやり場も完全に失った。なんと言っても自分の真正面に、体に一糸もまとっていない、完ぺき真っ裸の女性がいるのだ。それも、それなりに成長している彼女の胸が、孝治を興奮の世界へと誘惑もしていた。
ただし、次のひと言だけは決して口にしてはいけないものと、孝治は心得ていた。
(……お、大きさで言うたら、おれんほうが、ちょっと大きかみたい……☀)
ところが孝治のこの問いに対し、涼子の返答は、これまた明快そのものだった。
『そげん言うたかて、服には魂{たましい}なかろうもん♪』
「ごもっともで……☠」
孝治は敗北を悟った。 (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |