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『剣遊記T』

第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。

     (21)

「あっ、ちょっと待ってでおくれでやす♥」

 

 打ち合わせが一応終了。部屋から出ようとした孝治と友美(と涼子)を、なぜか急に美奈子が呼び止めた。

 

「うわっち……な、なんですか?」

 

 自分でも理由がわからないのだが、孝治はこのとき、心臓がドキッとする思いがした。

 

 無論美奈子は、孝治の胸の内など、知ったことではないだろう。恐る恐る振り向いた孝治に、美奈子は予想もしなかった質問を投げかけてくれた。

 

「実はどすなぁ……この未来亭について、ちと……いえ、ぜひとも尋ねてみたいことがありまんのやけど、よろしゅうおますか?」

 

「未来亭のこと……ですか?」

 

 孝治の頭の上に、再び何個もの『?』が浮かんだ。

 

(お互いに何回も急に話ば切り替えるんやけ、もう付いていけんちゃね☠)

 

 そんな本心はさて置き、雇われ戦士の義務として、孝治は質問に前向きで応じてやった。

 

「うちん店んことば訊いて、いったいどげんすっとですか? まあ、大切なお客さんの質問には、なんでも答えますけど★」

 

 これでもしゃべり方は、丁寧なつもり。しかし心の中は、もろ渋々気分の孝治であった。そこへ孝治の右に立つ友美が、妙に積極的な姿勢でしゃしゃり出た。

 

「未来亭のことですか☀ それやったらわたしが教えてあげますけ♡」

 

(良かったぁ☆)

 

 孝治はこのときも、内心でほっとした。このような説明的な仕事はいつも、友美が喜んで引き受けてくれるから。

 

「早よ教えてえなぁ☆ 客が店んこと訊くんは、ひとつの権利やさかいにな☆」

 

 千秋も胸ワクワク、瞳キラキラ顔で、友美を横から急かしていた。

 

(やっぱ変なふたりっちゃねぇ☁)

 

 孝治は友美のうしろに立つと、そっと両腕を組んで考えた。確かに依頼人がいろいろと尋ねることは、千秋が言うとおり、ひとつの権利であろう。しかし孝治自身は、今までの依頼人から未来亭について、一度も尋ねられたことがなかった。

 

 そもそも旅の依頼人は同行する戦士や魔術師が重要なのであって、店やギルドの内容など、まるで関係なし――がふつうなのだから。

 

「じゃあ、きょうはもう時間がもうないですから、簡単に説明しますっちゃね♡」

 

 一方で孝治の思いとは無縁で、友美の説明とやらが始まった。

 

「未来亭はまずはぁ、どこにでもあるような酒場であり、おまけで宿屋ってとこでしょうねぇ♪」

 

「酒場であり、宿屋でおますんやなぁ✍ これはまたずいぶんと、けったいなお店どすなぁ✎✐」

 

 美奈子が大きくうなずいた。いったい、友美の始まったばかりである説明の、どこのどの部分に感心したのやら。孝治には、さっぱりわからなかった。

 

「日本中ば探したら酒場兼宿屋の店なんち、そげん珍しいとも思えんのやけどねぇ✈✄」

 

 友美もやはり、孝治と同じように疑問を感じているらしい。先ほどから何度も首をひねっていた。それでも説明を続けるところは、これはこれで立派な姿勢だと言えるのかも。

 

「店は見てんとおり、けっこう大きかですけど、他の店と違ごうとるのは、孝治みたいな戦士っとか、わたしみたいな魔術師が住み込みで仕事ばもらいながら暮らしてる、ってとこでしょうねぇ☞ わたしたちだけやのうて、他にもたくさんの仲間がおりますけ、きょうのところは残念ながらほとんど留守しておらんとですけど、機会があったら美奈子さんと千秋ちゃんにも紹介してあげますね♡」

 

「ほんま、おおきにどすえ♡」

 

「ようわかったわ☆ あーりがとぉさーんやで♡」

 

 友美の説明が終わって、美奈子と千秋が丁寧に頭を下げた。それでも孝治は、ふたりの質問のやり方に、不思議な気持ちを抱き続けていた。

 

(ほんなこつ、こげな宿屋んことば訊いて、いったいどげんする気やろっかねぇ? まあ、確かにうちの店はふつうんとことは、そーとー違ごうちょるんやけどねぇ……♠ メンバー的に言うたらやね☠)


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