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『剣遊記T』

第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。

     (20)

 幽霊(涼子)の存在がバレないよう、孝治も友美も、大いに神経をすり減らしていた。

 

だがさすがは、野伏の少女であった。このときの友美の小さな声を、しっかりと聞き逃さなかったようなのだ。

 

「あっと!」

 

 友美が慌てて、自分の口を両手でふさいだ。孝治も『なんちゅうこと言うとや♨』の思いで、友美を軽くにらんでやった。これは日頃慎重な友美としては、珍しいかたちでのミステイクであろう。とにかくついうっかりの癖というモノは、誰でもなかなか治らない厄介物である。けれども友美はやはり、それなりの言い訳術を、きちんと身に付けていた。

 

「い、いえ! 孝治と小さい声で言いよったんですが、き、北と南の境界線破りでいっちゃん多かとが、男が女に変装して検問突破っちゅうこつ、つい小声で言うてしもうたとですよ☻ わたしたち、女ん子ばっかりの団体になりますけ、そこんとこ疑われんよう、特に孝治は男っぽい女ん子やけ、ちょっとと思うたもんですから♋」

 

 ヤバくなりそうな話の流れをごまかすには、本題から思いっきりズレた方向へ変える方法が一番である。とにっかうとっさに話の本筋を転換させる友美の話術は、筋金入りの表彰状ものといえた(かなり苦しい感じもあるが)。これに美奈子のほうは、一応の納得をしてくれたようなので。

 

「確かに友美はんがおっしゃられることも、もっともなお話でおますなぁ♐」

 

 しかし弟子の千秋は疑いの眼差しを、まだまだの感じで孝治と友美に向けていた。

 

「そないな話やったら、なにも小声でこっそりせんでもええんとちゃうか?」

 

「そ、それはぁ……☁」

 

 痛い所を思いっきり突かれたからであろうか、友美の額にうっすらと、小さな汗が流れ始めていた。これは端から見ている孝治にとっても、かなり万事休すの様相だった。

 

(ほんなこつまずいの上塗りばい☠ こげなピンチっちゅうのに、涼子は自分が原因っちゅうこと、わかっとんのやろっかねぇ⚠?)

 

 孝治はそもそもの要因である幽霊の涼子に、美奈子と千秋に気づかれないようにして、そっと瞳だけを向けてみた(顔全体は無理そうなので⛔)。ところが、彼女はなんだかおもしろそうなモノを見ているような顔で、事態を傍観しているだけでいた。

 

(あとでガツンっち、言うとかんといけんちゃねぇ✊ それはそうとしてやねぇ、友美やったらこげなピンチかて、なんとかする、っち思うとやけどぉ……♋)

 

 それから孝治の希望的観測どおりの展開。友美の頭の回転の速さは抜群であった。

 

「そ、それよかぁ、鹿児島に行くとでしたら、途中に霧島山があるとですけど、この前、ャラバン{隊商}の人から聞いたとですけど、近々その霧島山が噴火するかもしれんけ、南のほうに警戒宣言が出とうっち話ですよ☢ 美奈子さん、どげんします?」

 

「霧島のお山が噴火どすかぁ⚠」

 

「そりゃまずいなぁ、師匠☠☢」

 

 これぞ友美の、究極である話のすり替え。話をそらすスケールを、さらに大きく飛躍化させる方法である。今度は美奈子はおろか、千秋もまんまと話に乗ってくれた。

 

(やっぱ友美はやるっちゃねぇ〜〜☀)

 

 孝治は頭の中で、友美に拍手喝采を送ってやった。これにて友美の謎の小声の件は終了。それはそうとして、火山が噴火するともなれば、これは聞き捨てならない話である。孝治も旅の熟練者気取りになって、霧島山の話に加わった。

 

「キャラバン隊が言う話って、けっこう正確な情報が多かやけ、霧島山が噴火するのはたぶん、ほんとん話っち思うっちゃね☞ 場合によっちゃあ、鹿児島まで行けんかもしれんねぇ☢⛔」

 

 火山噴火の現場に遭遇した経験など、もちろん孝治は無しである。だけど、伝え聞く話などで、その恐ろしさだけは、充分に認識しているつもりでいた。

 

 ところが美奈子は、充分に認識していないようだった。

 

「お山が噴火するくらいどしたら、旅の道すじを少々変えるくらいでよろしいのではおまへんか♪ 山が火を噴くんは一時の災難でおまんのやけど、妾{わらわ}たちはどないしたかて、鹿児島に行かなあきまへんさかいに☞」

 

「うわっち!」

 

 孝治は思わずで、驚きの声を上げた。それから美奈子の顔を見たところ、この女魔術師は明らかに、火山の噴火を舐めてかかっている感じの楽観的表情になっていた。

 

 早い話、巻き込まれるのが面倒であれば、少しだけ遠回りをすれば良し――その程度の感覚なのであろう。

 

「あ、あのですねぇ……☠」

 

 美奈子のあまりのお気楽ぶりで、孝治はクラッとめまいを感じた。

 

 この世に山とある冒険の護衛行の中で、非常につらい現実がある。依頼人がいばらの道を通ると言い出せば。雇われ人は、そのとおりに絶対進まないといけないのだ。しかもここで、千秋までが師匠に輪をかけた、とんでもない楽天ぶりを発揮してくれた。

 

「火山の噴火やなんて、カッパの屁ぇみたいなもんやで♪♫ 千秋も真ん前で見物させてもらいたいくらいやわ♡」

 

(こいつらほんなこつ、口で言うほど旅慣れしとるんけ? 日本が火山国っちゅうことくらい、日本人やったら知っとろうに、火山ば丸っきり軽う見とうっちゃね☠ まあ、涼子んこつ、一瞬バレかけたんわ、もうこんふたりの頭から消えとうみたいっちゃけど☻)

 

 最初の疑いを、もう完全に忘れている様子にはほっとしつつも、口には出せない疑問と愚痴を、孝治は頭の中でつぶやいた。しかしそんな孝治自身、すでにわかっている現状があった。

 

それは敗北の悟りである。美奈子と千秋のふたりには、説得など土台無理――だということを。

 

「もう、わかりましたばい☠」

 

 孝治は両手を上に挙げた。それでもお終いのひと言は忘れなかった。

 

「ただし……ですからね☛ 現地で危なかっち思うたら、霧島ば避けて思いっきり遠回りしますけ⚠ それでよかっちゃですね☆」

 

「はい、よろしゅうおまっせ♡」

 

 美奈子が孝治に、満面の笑みでうなずいてくれた。

 

「じゃ、じゃあ、とにかく出発はあしたやけ、きょうのとこはあしたに備えて、早よ寝ときんしゃいよ⛑」

 

「はい、そのようにいたしますえ♡♡」

 

 本当に、前途の不安要素がわかっているのだろうか。美奈子は最後まで、満面の妖しい笑みを崩さなかった。

 

「ほな、よろしゅうな、ネーちゃん♡☻」

 

 質はかなり異なるようだが(つまり無邪気っぽい)、千秋も笑顔を孝治と友美に向けていた。今にして思えばあの泣き顔😭は、いったいなんだったのだろう。

 

 こりゃ、今まで務めた冒険の中で、いっちゃんきつか仕事になりそうっちゃねぇ――と、先行きに一抹の危機感を抱きつつ、孝治はこれにて、本日の打ち合わせを終了させた。

 

 話の展開がやや強引的なのは、重々承知の上だった。


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