前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記T』

第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。

     (2)

 それからすぐに、孝治は室内をキョロキョロと、前後左右上下で見回した。部屋にいつもと違う感じ――第三者の気配があるのだ。

 

 孝治はベッドの下に常時置いてある愛用の剣を右手でつかみ取り、青白い光の下、見えないなにかに向かって身構えた。水色を基調とした、無地の寝間着姿(もち男物)のままで、革鎧もなにもなしである。それがわかっていても今は、装備をきちんと装着する余裕などないのだ。

 

 おまけに孝治は女性になって以来、今夜が初めてとなる本格的な剣の構えだった。そのせいか、使い慣れているはずの中型剣が、わずかな感覚だが、体に合わなくなっていた。なにしろ帰りの道中の間はずっと、腰に提げていただけだったので。

 

(剣が……手に持ってみたら……前よかずっと重たく感じるっちゃよ……

 

 だからと言って、戦士を開業してからきょうまで、愛用を続けている剣である。今さら買い替える気なども、さらさらなかった。とにかく今は、無理にでも女性になって初めての剣技を、このまま押し通すしかなさそうだ。

 

 修行のやり直しは、この場を無事に乗り切ったときの幸運として。

 

「ねえ、やっぱし誰かおると?」

 

 友美が孝治のうしろから、不安そうに、そっとささやいた。

 

「しっ! 静かに☁」

 

 孝治は友美をかばう体勢で、背中に隠す格好を取った。それから当てずっぽうの方向に、低めの声を出してみた。見えない相手に対し、威嚇をしてやるつもりで。

 

「だ、誰かおるとやろうが! 隠れとらんで出てこんね!」

 

 性転換で声質が変わっているので、発声を思いっきり押し殺しての低音である。それでもやはり、女性声ではあるが。

 

しかしこのとき、本心で言えば、孝治は自分自身の感覚を、やや疑い始めてもいた。

 

 自分と友美以外の声が確かに聞こえ、また気配も感じられた。それなのに肝心の声の主の息づかいなどが、まったく感じ取れないのだ。

 

 孝治とて、それなりに修行を積んだ、戦士の端くれである。だから周辺に敵が潜んでいれば、呼吸の様子と発せられる殺気を見抜くぐらいの勘が養われている――つもりでいた。

 

 だけど、今夜に限ってその勘が、まるで働いてくれなかった。

 

(まさかっち思うとやけど……息まで止められる殺し屋やろっか?)

 

 もしもその推測どおりだとしたら、まさに事態は最悪。自分はとにかく友美だけは、無事に脱出させないといけない。

 

 正直、自分が殺し屋から狙われる理由など、どうしても思いつかない孝治であった。だが今は、それを深く考えている場合ではない。

 

 油断なく身構えながら、孝治は背中の友美に、そっと小声でささやいた。

 

「ええっちゃね☞ おれが合図ばしたら、友美は『浮遊』の術で窓から外に逃げるっちゃよ✈」

 

「ええっ! それってマジな話ぃ?」

 

 友美が面喰らったような、高めの驚き声を上げた。

 

 それとほぼ同時だった。友美の声質とよく似た声が、孝治の部屋に響き渡るという怪奇現象が起きたのは。

 

『なして逃げないけんとね?』


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system