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『剣遊記T』

第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。

     (1)

『ねえ、起きんしゃいよぉ☀』

 

 少女くらいの年齢の声がした。その無作法なしゃべり方が、ベッドで熟睡していた孝治の瞳を、無理矢理的に覚まさせた。

 

「うわっち?」

 

 続いて二回目。

 

『早よ起きるっちゃあ!』

 

 口調が一気に、強引な感じへと変化した。

 

「だ、誰ねぇ……☠」

 

 声に含まれている無遠慮ぶりに、孝治は大きなイラつきを感じ始めた。すぐに得意技となっているバネ仕掛け式人形のごとくで、上半身をバッと、ベッドから起き上がらせた。

 

 ここは未来亭の四階。六畳ひと間である孝治の寝室。未来亭にある部屋の広さは、だいたい六畳から八畳ほど。どの部屋も備え付けであるベッドと木製の机。分厚いカーテン(防炎製)付きの、大きな窓があるだけ。

 

極めて質素な造りとなっていた。

 

 そんな小さな部屋の中だった。急に変な声で起こされた孝治は、ベッドの右側の壁に向かって呼びかけた。

 

「友美ぃ、今、なんか言うたけぇ?」

 

 友美は薄い板一枚だけの、壁の向こう側。孝治の右隣りの部屋に住んでいる。だから少々大きめの声をかければ、簡単にお隣り同士で会話ができるわけ。

 

 これは一種の近所迷惑的行為ともいえそうだが、未来亭の住人たちは、すっかり順応済みにしていた。

 

 それはさて置き、睡眠を邪魔してしまったようで、返ってきた友美の声音は、少々ご立腹気味のご様子だった。

 

「な、なんねぇ……わたしば呼んだとぉ……?」

 

 板壁の向こうから聞こえる友美の返事は、立腹と同時に、とても眠たそうな感じもしていた。それがわかっていても孝治は、尋ねないわけにいかなかった。

 

「今おれに……起きれなんち、言わんかったねぇ?」

 

「なしてこげな夜中に、孝治ば起こさないかんとねぇ☠ 今は夜中の丑{うし}三つ時やない☠」

 

 戻ってきた返事は、やはり不機嫌の極み。このあとすぐに隣りから、ドアをバタンと開く音がした。恐らく友美が、孝治に文句を垂れに来るのだろう。一、二、三と数字を数える間もなく、孝治の部屋のドアが、ガチャンと開かれた。

 

「また、あん術ば使ったっちゃね☠」

 

 孝治は極小の声で、深夜の訪問者にささやいた。その訪問者である友美は、案の定で寝不足気味の顔をしていた。そのためか、右の小脇に枕をかかえている格好が、なんとも愛嬌たっぷり。ついでに友美が着ているパジャマは、白を基調にした青の水玉模様。襟からふたつの、ふわふわした青い毛玉をぶら提げている。

 

 ちなみに友美は、自分の部屋には孝治をたまにしか入れないくせして、自分自身はパートナーの部屋に、自由気ままに出入りをしていた。

 

 この傍若無人は、孝治の性転換でも変わらなかった。もともと無かったも同然とはいえ、むしろ男女の垣根が、これで完全に消滅――という成り行きで、遠慮なしがさらに強化加速されたせいもあるのかもしれない。

 

おまけだが、鍵の有る無しも関係なかった。これは早い話が、孝治もつぶやいたとおり、魔術の力である。友美は『開錠』の術で、いつでも孝治の部屋に出入りが可能なのだ。

 

 本筋に戻る。

 

「もう……孝治んせいで、目が冴えてしもうたやない☠ 睡眠不足は美容の大敵なんやけ、女ん子になった孝治も、よう覚えとき☠」

 

 真夜中に起こしてしまったうえ、けっこう精神力を消費するらしい魔術も使った友美が、両方の瞳を左手でこすりながら、孝治にブツブツと、初めの予想どおりに文句を垂れた。

 

まあこれこそが、友美が孝治の部屋に押しかけた目的であろう。けれども今の孝治は、友美の文句に、いちいち応えていられる心境ではなかった。

 

「そ、それは悪かったっちゃねぇ☁ それよかちょっと、明かりば点けちゃって☝」

 

 孝治は窓の外からの月明かりしかない暗い中、両手を合わせて友美に頼み込んだ。

 

「しょうがなかっちゃねぇ〜〜☠ ふぁ〜〜😴ZZZ」

 

 大きなアクビを連発しながら、友美がパチッと、右手の人差し指と親指を鳴らした。

 

 とたんに部屋のド真ん中だった。なにもない闇の空間にポッと、青白い小さな光の玉が浮かんだ。

 

 玉の直径は、孝治の親指の先っぽくらい。魔術師ならば誰もが基本としている術――『発光』である。

 

「いつもすまんちゃねぇ☁」

 

 これにてけっこう明るくなった部屋の中で、孝治はペコペコと、友美に頭を下げた。だけどこの行動は、友美の不機嫌に、ますますの拍車をかける結果だけともなった。

 

「いっつもやけんねぇ☠ わたしばっかし、魔術ば使わせてくさぁ☠」

 

 これがわかっていても、孝治は早いところ、話の本題に戻りたかった。

 

「そ、それはそうとしてやねぇ……今、女ん子の声が、急に聞こえんかったね?」

 

 これで友美の顔色――というか、表情が一気に緊張したものへと変わった。

 

「女ん子の声ぇ……まさかぁ……?」

 

 自分とウリふたつな、少女の肖像画の件。さらに正体がわからないままでいる、夕方聞こえた声。それらが今も、心に引っ掛かっているのだろう。友美が眠たそうだった顔を、見事にシャキッとさせた。すぐに態度で表明してくれるのだから、孝治としては、実にありがたかった。

 

「やっぱ、友美やなかったっちゃねぇ……うわっち! な、なんか変ばい!」

 

 友美の発光玉で部屋が明るくなってから、孝治はある異変に気がついた。

 

「だ、誰かおる!」


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