『剣遊記T』 第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。 (18) 「あの冷血店長、おれば死ぬまでコキ使うつもりったいね♨」
黒崎との舌戦で敗北。ムカムカ気分を胸に充満させたまま、孝治は問題である三百二十一号室へ戻った。
ところがドアの前に立つと、部屋の中ではなにやら、楽しそうな会話が弾んでいる様子であった。
これは友美が言っていたとおり、部屋の中で孝治を待っていながら、美奈子や千秋と仲良く談笑でもしているのだろうか。
「入るばい☁」
孝治はここでも執務室と同様、ノックを省略してドアを開いた。それから言葉どおりに部屋の中に入ると、思ったとおりに友美がいて、孝治に冷やかそうな顔を向けてくれた。
「あら? 店長との話は着いたっちゃね?」
『こげん時間がかかったみたいっちゃけど、孝治ん顔ば見たら、してやられたっち感じやねぇ♥』
無断同席者である涼子からも、見事に実情を見抜かれていた。
それも無理はないだろう。孝治は自分でもわかるほどの、不機嫌極まる心情――顔付きでいるのだから。
このようなふたり(友美と涼子)とは対照的。美奈子と千秋の師弟は、孝治に瞳も向けなかった。それも先ほどからの楽しそうな会話とやらを、キャンキャンと続行させてばかりでいた。
「妾{わらわ}も九州まで来たんはひさしぶりのことどすから、旅の途中で温泉でも入りとうおまんのやけど、どこかええとこありますやろっかなぁ♡」
「千秋もそうやなぁ、別府とか黒川温泉なんか、ええなぁ〜〜♡」
ちなみに今の美奈子は、もう裸ではなし。魔術師のフード式黒衣に、きちんと身を包んでいた。
(ま、まあ……さすがにいつまでも裸っちゅうわけにはいかんのやけどねぇ♥)
温泉の話よりも孝治は、美奈子が着ているフード式の出で立ちに、ある種の興味を感じた。その理由はは妖しい魅惑に満ちていた美奈子の全身を、それこそ頭からスッポリと隠し込める、かなり大型の衣装であったからだ。
(すっぽんぽんから百八十度変わって、今度はバッチリ総隠密状態け☠ ちと極端過ぎんね♧)
などと、なんとなく恥ずかしい思いを感じながら、孝治は美奈子の今に姿を、こっそりと眺め回してみた。服さえ着ていれば、もう遠慮する気にもならないので。
すると突然、美奈子が孝治に顔を向けたではないか。
「うわっち!」
孝治の心臓がドキッと高鳴る思いになったが、美奈子に人を驚かせた自覚は、やはりゼロのようだった。
「先ほどはヘビの姿で初対面になってしまい、えろうすいまへんどしたなぁ♥」
「あ……ど、どういたしまして……☁」
孝治はこれに、すっかり恐縮――今やおなじみであるタジタジ気分となった。
なにしろ心の準備がなかったもので。
しかも一見、美奈子のご丁寧ぶりは、とてもすなお――なおかつ、実にしおらしい姿勢であった。それでも孝治は自分でもよくわからないまま、美奈子から巨大な威圧感を受けていた。
「も、もうよかですよ☻ それに……もう慣れましたけ☢ また好きなときにコブラにでも変身してください☁」
(なしておれが、こげん気ぃつかわないけんとや? それにヘビんこつ言うのはええとして、自分の裸ば堂々と見せたことはいっちょも言わんのやけ、ほんなこつ裸ばなんとも思うとらせんのやねぇ☢)
表面では作り笑顔。だけど内心では、さらなる疑問を抱きながらでの心臓ドギマギ状態も兼ねている孝治であった。なぜなら美奈子が腹の中でいったいなにを考えているのか、それこそまるで見当がつかないからだ。そこで孝治は、自分自身の腹の中を慎重に隠しつつ、まずは基本の話から入ってみた。
「で、仕事の話なんですけど、美奈子さんの行く先は、どこですか?」
これがわからなければ、旅は始まらない――というものである。
「はい、南の鹿児島どすえ♡」
「うわっち! 鹿児島ぁ?」
美奈子の返答で孝治は頭の中が、今度はさぁーーっと、真っ白一色になる思いを感じた。 (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |