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『剣遊記T』

第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。

     (14)

 ついでに解説。彼女たちが持ってきた昼食のメニューは、焼いた食パンとカップに入った温かい牛乳。栄養のバランスで、野菜サラダが皿に盛られていた。

 

 ただし、カップの牛乳からチラリと、小さな三本指が飛び出ていた。

 

(うわっち! 滋養強壮トカゲっちゃね!)

 

 このようなゲテモノ入り牛乳を、注文した者たちは飲むのであろうか。ところがそのゲテモノを飲むのであろう、一部始終をおもしろそうに眺めていた当の美奈子が、これまた完全に、他人事の口調でささやいてくれた。

 

「ずいぶんとまあ、にぎやかなお方たちでおまんのやなぁ☆ 未来亭の皆々様は♡」

 

「師匠、またヘビに化けとったんかいな☻ ほんまに好きやなぁ♥」

 

 にぎやかにした原因の自覚は、やっぱり皆無。それよりも孝治は、少女が師匠――美奈子に声をかけたとき、改めてその娘に瞳を向け、大きな関心を胸に抱いた。

 

「なんや、珍しいっちゃねぇ♋」

 

 珍しいと言った理由は、少女の服装が、野伏{のぶせり}の格好であったからだ。

 

 説明しよう。野伏とは、野外――特に人里から離れた山間部などで、自然を相手に狩猟や森林の保護育成などの仕事を営{いとな}む人たちの通称である。

 

 茶色い髪の少女は、まさしくその職業に適した服装をしていた。まるで昔の女忍者{ノ一}とでも表現をするべきか。全体的に質素で、薄緑色をした活動しやすい着物(縦縞模様で恐らく絹織物)を身にまとい、腰には帯紐を締めていた。

 

 野外活動の必需品である短刀の類は、今のところ見当たらないが、着物の裾は短く、少し日焼け気味の、細い鹿のような両足を下から露出させていた。

 

 さらに長いうしろ髪を、背中できちんと束ねてもいた。いわゆるポニーテール。

 

「なんジロジロ見さらしとんのや! ほんま、やらしいのひと言やで☠」

 

「うわっち! い、いや……そのぉ……☁」

 

 その野伏風少女が、いきなり孝治をギロリとにらみつけた。まるで短剣でズブリと心臓でもひと突きような、鋭い眼差しをしていた。

 

 見た感じの推測で、少女はたぶん小学生くらいだろうと、孝治は勝手に考えた。それなのに低めの身長にそぐわない、大きな迫力が、たった今感じられたのだ。

 

「これ、千秋{ちあき}、妾{わらわ}たちの護衛をしてくださりはる、大切な戦士はんと魔術師はんに、失礼したらあきまへんのやで☹」

 

 ここで美奈子が少女の暴走を制止しなければ、部屋の空気が、際限なしで重たくなったかもしれない。

 

「ここにおわすおふたりさんは、妾{わらわ}たちの旅の護衛をしてくだはります大事な大事なお方たちやさかい、仲良うやっておくんなはれや♡」

 

「は、はあ、そうでっか、師匠♠」

 

 鋭い眼差しの少女――名前は千秋――が、美奈子の前では、まるで借りてきた子猫のように従順だった。

 

(こりゃまたなんとも、そーとー性格が強そうな弟子っちゃねぇ♋)

 

 孝治は頭の中だけでつぶやいた。とても口からは、出せそうにないので。そんな、やや消極的ともいえる孝治に、なんと千秋のほうから、親しげに右手を出してきた。

 

「そないなことかいな☻ ほな、よろしゅう頼むで、ネーちゃん♡」

 

「うわっち! ネ、ネーちゃん♋!」

 

 孝治は思わず、眉間にシワを寄せた。だけど現実に『ネーちゃん』である身の上だから、見た目そのままで決め付けられても、ある意味仕方のない状況といえるのかも。

 

「ま、まあ、ええわ……☁」

 

ついでに孝治の背中では、友美と涼子が、くすくすと含み笑いをしている様子(涼子は美奈子と千秋には見えていない――はず)。とにかく孝治は、自らの顔面の、急激な赤色化を感じた。

 

それでも一応、礼儀は礼儀。挨拶には挨拶で応えないといけない。しかし千秋に返すべき孝治の言葉は、物の見事にコチコチ気味だった。

 

「あ、ああ、こ、こっちこそ、よ、よろしゅう……頼むけね☃」

 

「ネーちゃん、そない緊張せえへんでもええで☀ もっと気楽にパッと行こうや☀ 自己紹介するわ、高塔千秋{たかとう ちあき}言うんや☆ まっ、よろしゅう頼むで、ネーちゃん♡♡」

 

 自己紹介のついでか、孝治は千秋から背中を、挨拶代わりに右手のパーで、バシーンと叩かれた。

 

「うわっち!」

 

 見掛けと同じで、千秋は野伏にふさわしいような力💪を持っていた。

 

(ま、まあ、こげんとやけど……もしおれと千秋っちゅうのが喧嘩になったかて、美奈子さんが止めてくれそうやねぇ☁☞☂)

 

 出だしで一発、きつい平手打ちを喰らったものの、孝治は前途の楽観を期待した。

 

 続いてこちらの自己紹介。今度は孝治の番である。

 

「おれからも言うとくけね✍ もう先におんなじことば言われとうけど、おれん名は、鞘ヶ谷孝治✌ でもって、こっちにおるんが浅生友美☺ おれは戦士やけど、友美は美奈子さんとおんなじ魔術師やけ、どうかよろしく頼むっちゃね★」

 

「こっちこそよろしくやねん♡ でもネーちゃんやのに、ヤローみたいなけったいな名前しとんやなぁ☻ おまけに言葉づかいもメチャクチャ男っぽいし♐ まあ、ええわ☀ それより師匠と千秋の旅はメッチャきついさかい、今から覚悟、仰山しときや♥」

 

(な、なんか、いちいちムカつくガキやねぇ☠)

 

 なんだかトゲだらけである千秋のセリフに、孝治は胸に込み上がるモノだらけ。ほとんど鬱憤{うっぷん}の渋滞状態となっていた。それでも一応、紳士(?)を心掛けている孝治。対照的に千秋にはどこか、上から目線の気があった。この一方で、どうやらくすくす笑いが収まったらしい。

 

「それにしてもですねぇ、美奈子さん♥」

 

 友美が一時的に忘れていたことを思い出すようにして、美奈子に改めて話しかけていた。

 

「お弟子さんの千秋さんも戻られたことやし、ほんとにそろそろ、服を着てもよかやなかですか? それに……そもそもどげんして、キングコブラなんかに化けとったとですか?」

 

「お、おれも、それが訊きたかですよ☛☛」

 

 孝治もすぐに、話に加わった。しかし孝治と友美の抱いていた疑問に対する美奈子の返答は、これまた他人事の極みみたいな感じでいた。

 

「まあ、そないに話を急がさんでもよろしゅうおまっせ☀ それに妾{わらわ}は布団の中で丸うなって眠るのが好きでおますさかい、別に気にせえへんでもよろしいことでんなぁ♡」

 

「丸うなって……ですかぁ?」

 

 友美の瞳のほうが、見事な『丸』となっていた。

 

(丸うなって寝るっちゅうのは、ヘビに化けてとぐろば巻く、っちゅうことやね☂ ほんなこつ変な趣味ば持っとうもんやねぇ♣)

 

 孝治も再度口には出さないようにして、黙って美奈子の言い分を耳に入れた。のうその件は『どうぞご勝手に✋』として、友美から何度も催促されているというのに、美奈子はいまだに未着衣のまま。居並ぶ面々(孝治、友美、千秋、見えていないと思うけど涼子)を前にして、堂々の真っ裸をつらぬいていた。

 

 ところが弟子である千秋のみ、なぜかこれに動じる様子はなし。師匠が全裸でいるのに、我関せずで淡々と、食事の準備を進めるだけだった。

 

(いったいなんやろっか? こんふたりは……☠⛑)

 

 孝治の内心に渋滞同然で込み上がっていたモノが、さらにムカつきに加えて唖然と呆然も入って、今や満杯近くとなった。それからふと我に返り、友美と涼子を相手に、再びこっそりとささやいた。

 

「言うたら変なんやけど、この千秋っての、師匠の裸に慣れっこって感じやねぇ☢ きっとふだんから、こげな変なこつばっかしやっとんやろうねぇ♩」

 

 そこへだった。いまだ正視ができない裸のまま、美奈子が丁寧な声を、孝治と友美にかけてきた。くどいけど、涼子は見えていない――と思う。

 

「ではこちらも、改めて紹介しますえ☀ この高塔千秋は、妾{わらわ}の大事な大事な弟子でおます♠ どうかよろしゅう、お頼み申しますえ♡」

 

「あ、ああ……こ、こちらこそ、よろしゅうおま☁」

 

 孝治は美奈子から、不意を突かれた格好だった。そこに千秋が、悪乗り顔で突っ込んできた。

 

「師匠の物真似はせんでええんや☠ それより師匠は京都やけど、千秋は大阪や✌ そこんとこ間違えんといてや☆」

 

「へえ、師匠の美奈子さんは京都で、弟子の千秋ちゃんは大阪けぇ✍ まあ、どっちもおんなじ関西っちゅうことやね✋」

 

 孝治としては、軽い返事のつもりでいた。ところがこのひと言で、千秋の瞳の色が劇的に変わった。

 

 ごくふつうだった漆黒から、赤い燃えた炎へと。

 

「わからんのかいな! 同じ関西っちゅうたかて、大阪と京都はドエラい違いやねんな! これやから地方人は困るで、こんドアホっ!」

 

「うわっち! ド、ドアホぉ!?」

 

 軽い返事を猛攻撃で返され、孝治は再び、頭のてっぺんまで血液を逆流させた。

 

「そ、そげん言わんでもよかろうも! 見ればまだ小学生やのに、言葉づかいそーとー悪かっちゃねぇ!」

 

 情けない売り言葉に買い言葉であるなど、孝治も充分に自覚済み。だがこれに、千秋が瞳の色を変える以上の激しい反応を引き起こした。

 

「しょ、小学生やてぇ! そりゃちゃうでぇーーっ!」

 

 今度はいきなり、大声で泣き出したのだ。


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