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『剣遊記T』

第三章 押しかけパートナーと天然系依頼人。

     (12)

「うわっち! まぶしかぁ!」

 

 たまらず孝治は叫んだ。それから反射的に閉じたまぶたを、そぉ〜〜っと開いてみた。

 

「うわっち!」

 

 孝治はまたも、自分の身長以上の高さまで飛び上がった(また天井に頭をぶつけた)。

 

 なぜなら白いキングコブラが、ベッドの上から消えていたのだ。

 

 その代わりに正座をしている人間が、ベッドの上にいた。しかもその人間は(中身が男性である)孝治にとって、思わず心臓をドキリとさせるような美女であった。

 

 その美女が孝治と友美(と涼子)の見ている前で静かに三つ指をついて、丁寧にも頭を下げる仕草――お辞儀をしてくれた。

 

「お初にお目にかかりますえ♡ 妾{わらわ}があなた様に護衛のお仕事をお願いしました、天籟寺美奈子と申しますえ♡

 

 美女――天籟寺美奈子の挨拶は、孝治の頭で聞こえた声と、まったく同じ響き。つまり彼女こそが、謎の美声の持ち主だったわけ。さらに付け加えれば、白いキングコブラは、彼女が変身をしていた姿。使い魔などではなく、魔術師本人であったのだ。

 

「うわっち! 美人ばい!」

 

「へぇ〜〜、『変身』の術なんですねぇ✑✐ それってけっこう、高度な魔術なんですよねぇ……って、これって違う魔術(以心伝心)を同時にやってたってことですよねぇ☀ ほんなこつ凄かことですよ♋」

 

 孝治の驚き方が俗っぽいのに比べ、友美はさすがであった。同業の魔術師として、天籟寺美奈子の魔術に、大きな関心を寄せていた。孝治は友美に、そっとささやいた。

 

「凄かって……ふたつ同時にやるんが、そんなに凄いんけ?」

 

 友美はいかにも興奮冷めやらぬ――といった感じで、孝治に応えてくれた。

 

「当たり前っちゃよ✌ 魔術師が二種類の魔術ば同時に使うなんち、ふつうできんことなんやけね✄ でもそればやったっちゅうことは、天籟寺美奈子さんっち、ほんなこつ一流の魔術師っちゃよ☀☆ 前にあんまり変わらんかも、っち言うたの、もう前言撤回やね⚠」

 

「そ、そうけぇ……♋ 確かにそうかも……♋」

 

 なんとなくだが、孝治にも友美の興奮が伝わってきた。おまけに放心に近い状態となっている孝治に代わって、挨拶の主導権も友美が握っていた。

 

「こ、こちらこそ、お初にお目にかかります⛲ こちらが戦士の鞘ヶ谷孝治で……そしてわたしが、その連れである浅生友美です♡ で、もうひとり……あっと、これは省略しときますね☢ それよか、あのぉ……天籟寺美奈子さんで、よろしいですか?」

 

「はい、美奈子でよろしゅうおまっせ♡」

 

「は、は、はい! よろしゅうおます……♥」

 

 見事に優雅な仕草である美奈子を前にして、興奮冷めやらぬだった友美も、今では完全に圧倒されているご様子。孝治と同じ、直立不動の姿勢となっていた。

 

『うわぁ〜〜、魔術も凄いみたいっちゃけど、改めて見てほんなこつ、体中綺麗な人やねぇ〜〜♡』

 

 この場では傍観者の立場である涼子が、別方面で声を高ぶらせたのも、言わば当然の成り行きであろう。それだからこそ、友美のしゃべり方も、かなり緊張で固くなりきっているのだ。しかしそれでも、言うべきことをきちんと話す態度は、実に立派なものだった。

 

「そ、それで、あのぉ……美奈子さん、人の姿に戻られたとやったら、そのぉ……早よ身なりば、きちんとしてほしかとですけどぉ……☁」

 

 これは友美が指摘をするまでもなく、なによりも美奈子本人が、とっくに気がついているはずである。変身魔術の、大きな問題点を。

 

 その問題点をあえて知っておきながら、むしろそこを強調して、わざと挑発でもしているのだろうか。

 

「そうですかえ☺」

 

ベッドの上の美奈子が微かな笑みを浮かべ、正座の姿勢から、床に足を下ろして立ち上がった。

 

「うわっち!」

 

 孝治は大慌てで回れ右をした。それこそ今から指摘をするまでもなく、美奈子はその身に衣服どころか一糸もまとわない、完全なる裸の姿でいるのだから。

 

 いや、正確には首に金色の鎖型ネックレスをぶら提げていた。それ以外では長い黒髪が、お尻まで伸びている。

 

 はっきり言って、裸を隠す気が、毛頭も無いわけ。

 

 もちろん美奈子がいったい、なにを考えているかなど、孝治にわかるはずもなし。少なくとも自分の裸の公開を恥ずかしいことだとは、これっぽっちも思っていないようだ。

 

 『変身』の術は友美が言ったとおり、けっこう上級の魔術である。それは本人の身ひとつだけであれば、まさになんにでも姿を変える力があるからだ。だけど、身体以外の衣服などには、まったく通用しない欠陥が、大問題点と言えた。

 

 友美もずっと前に、魔術の学校で変身を習ったと言っていた。でも、その問題点が嫌だったらしく、孝治の覚えている限りにおいて、きょうまで一度も使用したことがなかった。

 

「こ、孝治っ! 鼻血がドバァーッち出ようっちゃよ!」

 

「うわっち! わ、わかっとう!」

 

 これも友美から言われるまでもなし。なにしろ孝治自身、全身の血液が音を立てて、頭のてっぺんまで逆流する思いを感じているのだから。

 

 孝治は慌てて、友美が差し出したちり紙を、自分の鼻に詰め込んだ。このような孝治のカッコ悪い有様を見ている美奈子が、こちらのほうを不思議と思っているような口調でささやいた。

 

「おやまあ、あなたはんも女子{おなご}はんでおますんに、ずいぶんと純情そうなお方でおますんやなぁ♥ 妾{わらわ}の裸が、そないに珍しゅうおますんどすえ?」

 

 孝治錯乱の原因が自分にあるという自覚は、まったく皆無であるようだ。その声を聞き流しながら、孝治もポツリとささやき返した。友美と涼子を相手にして。

 

「……りょ、涼子に続いて美奈子さんまで裸っちねぇ☠ おれは知らんかったとやけど、世の中の女性諸君って、こげん脱ぎたがるもんなんけ?」

 

『まっ、失礼しちゃう♨』

 

 涼子がまたまた、ほっぺたをプクッとふくらませた。そんなフグ顔の幽霊は脇に置き、孝治は気を引き締め直して、美奈子に顔を向けた。凄まじいほどに困難なのだが、首から下は、できるだけ見ないようにして。すると美奈子のほうも、孝治をジッと見つめていた。孝治は締めたはずの気が、いきなり消沈したような思いになった。

 

「あ、あのぉ……おれの顔に、なんか付いとうとですか? うわっち?」

 

「孝治ぃ……女ん子が『おれ』なんち、おかしかばい☠」

 

 友美から右ひじで左わき腹を小突かれても、今の孝治は、それどころではなかった。実際、全裸でいる美奈子を直視するのがとてもむずかしい状況なのは、先ほどから、まったく変わってなし。それでも孝治は。美奈子に尋ねないわけにはいかなかった。たった今ふと湧いた、ある疑問について。

 

「あ、あのぉ……美奈子さん……でいいですよねぇ……☁」

 

「はい、なんどすか?」

 

 かなり慎重気味を自覚している孝治に対し、美奈子は依然として姿も態度も、実にあっけらかんとしたもの。孝治はツバをゴクリと飲む思いで、一気に尋ねてみた。

 

「……お、おれと、どっかで一度……お会いしたこと……ありましたやろっか?」

 

 実を言うと孝治はこのとき、美奈子とはなぜか、初対面ではないような錯覚を感じていた。

 

 無論、裸の美奈子との対面が強烈すぎたことによる、一種の既視感{デジャブ}もあるのだけど。

 

 ところが孝治の問いに美奈子は、これまたなんだか、気が抜けているような返事を戻してくれた。

 

「い、いえ……別に記憶はあらしまへんわ✋ それよりもやっぱ、女子{おなご}の戦士はん言うのは、とても勇ましいもんどすなぁ……い、いえ、別に気に懸けんでおくんなはれや☁」

 

「は、はぁ……そうですけぇ☃」

 

 おれん正体(元男)ば美奈子さんが知っとうはずなかろうも――とは思いつつ、孝治は尋ねたことを、思いっきりはぐらかされたような気になっていた。

 

(ま、まあ、美奈子さんのことは、おれの記憶違いみたいっちゃねぇ⛐ それよかおれかていつかはほんとんこつ言わないかんとやろうけど、今のおれっち、やっぱ勇ましい女の戦士、そのものなんやろうねぇ☻☠)

 

 孝治はここで、深いため息をひとつ吐いた。このとき、一生の不覚。美奈子の丸出しである胸――ビッグサイズのおっぱいが、不可抗力的に孝治の視界に大写しとなった。

 

「うわっち!」

 

 孝治は大慌てで、二回目の『回れ右』を繰り返した。さらにこのとき、『まさか♋』の思いが一瞬、孝治の脳内に再浮上した。

 

(うわっち? 美奈子さんの体形……やっぱし見覚えが……なんかあったりなんかして?)

 

 孝治は確認のつもりで、自分の右隣りにいる友美に、そっと小声でささやいた。

 

「おれたち……美奈子さんと、どっかで会ったことあったやろっか? なんか一度、どっかで見たような気がするっちゃけどぉ……☁」

 

 すると友美も、孝治の考えに肯定的でいた。

 

「孝治もそげん思うとね☞ 実はわたしもなんよ✊」

 

 それから友美は、声をさらに小さめにして、孝治にささやき返してきた。

 

「でもこんこつ、今はそれ以上言わんようしとったほうが、ええっち思うっちゃよ☹ この先、変な疑心暗鬼持ったまんまで、仕事続けるわけにはいかんとやけ⛔⚠」

 

「やっぱ、そうっちゃねぇ〜〜☂」

 

 孝治は友美の慎重な言葉に、コクリと納得の相槌を打った。確かに依頼人に無用な疑惑を感じるなど、雇われ戦士として、一番のタブーである。

 

 要するに依頼人にどのような裏があろうとも、最後まで無事に護衛さえすれば、すべてが万事OKなのだから。

 

しかし――でもある。いったん頭に浮かんだ疑惑を消し去ろうにも、これは消しゴムで簡単にチャラにできることではないのも、また困った事実である。よって孝治は定番の頭ブルブルで、脳の中を整理するしかないようだ。

 

「頭が痛かぁ〜〜☠」

 

 副作用はこの際我慢することにして。


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