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『剣遊記T』

第二章 五日前まで男だった。

     (15)

 孝治と友美は黒崎から言われたとおり、浴場に行った。

 

その入り口で立ち尽くした。

 

 未来亭の浴場は酒場の裏側に併設され、宿泊客と従業員で兼用していた。

 

 ただし、現在の時刻であれば、客は食事とお酒。給仕係たちは勤務中で、風呂に入る人は少ないはずであった。孝治と友美にとっては、事実上の貸し切り同然といえた。

 

 一応念のため、浴場は男湯と女湯に、しっかりと区別をされていた。しかし孝治はそこで、ある重大な問題点に気がついた。

 

 孝治は小さめの声で、そっと友美に尋ねてみた。

 

「か、考えてみたら、おれたちって……耶馬渓からの帰りはここまで、一回も服も脱がんで川にも入らん強行軍やったけ……意識すんのも忘れとった……ばいねぇ☠」

 

「孝治、いったいなんが言いたいと?」

 

 今んなってなんね――とばかり、友美が口をとがらせた。

 

 孝治は、それこそ今ごろになって気づいた重大問題を友美に向け、やはり小さめの声でささやいた。

 

「おれ……男湯と女湯……どっちに入ればよかっちゃろっか?」


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