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『剣遊記[』

第一章  女格闘士、御来店。

     (9)

「フェニックスさんのこと、ワタシよく知てるだわよ☀」

 

「それってほんなこつですか!☆」

 

 自室でお昼寝中のところを叩き起こされた格好の到津であったが、特に不機嫌な様子でもなし。三枝子の質問に、気さくな感じで答えてくれた。もちろん三枝子の表情は、喜びで満ちあふれんばかりとなった。

 

 現在、到津の部屋を訪問している者は、三枝子と清美と、なぜか孝治の三人。給仕係たちは仕事に戻り、律子は愛娘である祭子を抱いて、自宅に帰っていた。また友美と徳力、裕志はそれぞれ自分の部屋に戻って、旅の準備を始めていた。

 

 無論幽霊の涼子は興味しんしんで、孝治のうしろに寄り添っていた。絶対にペチャクチャと口出ししないという、孝治との約束でもって(幽霊がペチャクチャしても誰にも聞こえないなど、孝治だって百も承知である。ただ気持ちの問題か)。

 

 それは置いて、到津の話は続いた。

 

「はいあるね✌ ついぷん御無沙汰してるあるけど、フェニックスさんとワタシ、古くからのお知り合いだわさ♪ たぷん今ても元気してるある思うわや☺」

 

「それで……フェニックスさんは今、どこにおんしゃるとですか?」

 

 一刻も早く、もっとくわしい情報を得たいのだろう。三枝子の問いも、俄然と熱を帯びてきた。この迫力に圧倒されつつ(ドラゴンのくせに人間から)、到津は椅子に座ったまま、ややのけ反った姿勢で答えていた。

 

「そげがあなた、ピクリするある思うね☞ 灯台下暗しとはこれだわね♋」

 

「なんば言いよっとや! もったいぶらんでよかばってん、早よ教えてあげんねぇ!」

 

 右横で聞いていた清美が、話が長くなりそうな雲行きの到津に、早くもイラつき気味のご様子。無論清美の超短気は、到津も重々心得ていた。

 

「は、はい! 教えるある! それはここ、九州のド真ん中にそぴえる阿蘇山の火口だわね! 彼女、阿蘇大火口住んで、もう五千年なるあるよ!」

 

 到津の話は早かった。とにかく結論から先にありきというのは、要するに清美にビビッているからであろう。

 

「彼女っちことは……フェニックスは雌やっちゅうことやね✍」

 

 大した重要性のない新事実だとは思うが、孝治は到津の言葉尻に関心を寄せた。だけど、もともとフェニックスについては、昔から女性的なイメージを孝治は漠然と抱いていたのだ。だからそれが実証されたところで、特に大きな驚きは感じなかった。それよりも清美のほうは、もっと遠出の冒険を期待していたようだ。

 

「なんねぇ、なったけ(熊本弁で『できるだけ』)きついとこば行きたかったとに、ずいぶん近えどころか、あたいの里の熊本やなかね✌ これじゃほんなこつ灯台下暗しばいねぇ☝」

 

 だが、病気の母を故郷で待たせている三枝子にしてみれば、目的地は近ければ近いほど、好都合に違いない。

 

「良かったぁ♡ あたしが愚図愚図しとう間にお母さんの病気が重うなったらどげんしようか、それだけが心配で心配で心配やったとですよ☺」

 

 フェニックスの棲みかが、恐らく思っていたよりも遥かに身近だったことを知って、とにかく手放しの喜びよう。もちろん孝治も、日程が早めに済むならば、話に異論はなかった。そのつもりで早速、到津に声をかけてみた。

 

「それやったら到津さんも、当然いっしょに来てくれるっちゃね♡ やっぱ旧知ん仲ん人がおったほうが、話が早ようてよかっちゃけ♐」

 

「あ……そ、それは……あるねぇ……☁」

 

 ところが孝治の誘いに対する到津の返事は、なんだかとても歯切れの悪いもの。こっそりと孝治の右耳に自分の口を当て、そっと耳打ちをしてくれた。

 

「な、なんね?」

 

 ヤローから耳に口ば寄せらるぅなんち、気色悪かぁ〜〜とは、決して言わないようにする。そんな本音に気づかないまま、到津がこそっとしゃべってくれた。どうやら清美と三枝子には、あまり聞かれたくない内容らしい。

 

「大変すまないあるけど、ワタシ彼女に会わす顔、もむない(島根弁で『まずい』)ほどないだわね☠」

 

「うわっち? それっちどげんこと?」

 

 この意外なる言葉に、孝治は思わず瞳を野伏に向けた。すると到津の顔が、なんと真っ赤に染まっているではないか。

 

 その顔で、到津は小声のままささやいた。

 

「こ、ここたけの話……ワタシ、昔彼女に交際頼んで断られたあるよ☂ たからそれ以来、三千年も会ってないんだわね☃」

 

「ぷうっ!」

 

 これにはたまらず、孝治は噴き出した。うしろでは涼子も、腹をかかえて笑っている様子。確かにこの話、清美と三枝子には、口が裂けてもしゃべりたくはないだろう。幸いふたりとも、到津の部屋にあった地図帳を勝手に本棚から取り出して、九州の阿蘇の付近を調べていた。

 

 それだからこそ、笑ったら悪いだろうとは、わかっていた。だけど、ドラゴンがフェニックスにお付き合いを申込み、それが見事にフラれた光景が連想され、こら笑わにゃおれんばい――と言ったところか。

 

 とりあえず大笑いだけは我慢。気を取り直してから、孝治は到津に尋ね直した。

 

「ぷぷっ♡ そ、それじゃどげんしたらよかっちゃね? フェニックス相手にふつうの一般人がいきなり訪ねたかて、てんで話ば聞いてもらえんかもやね♦♧♥」

 

「それは大丈夫だわね♡」

 

 笑いを必死に堪えながらも、フェニックスに話が通じないことを、孝治はとにかく心配した。ところが当の到津が、自分の胸をポンと右手で叩いてでの返答。この自信の根拠が不明確なだけに、よけい大きな心配が増幅されるのだ。

 

(こん人……やなかドラゴン、けっこう口ばっか達者やけねぇ……☻)

 

 そんな孝治の心の内など再び知るはずもなく、到津が話を続けた。

 

「彼女と会うとき、ワタシの名前言うといいあるね✌ きっと話聞いてごせる(島根弁で『くれる』)思うあるよ✎ たたし、ワタシの名前、覚えてたらの話たけど……☢」

 

「とことん心配っちゃけど、今はそれしかなかっちゃけねぇ♠ とにかくフェニックスに会えたら、それに賭けてみるっちゃけ♐」

 

 本来ならば、ここで強引にでも到津を現場まで引っ張って連れていく方法が、一番の良策であろう。だけど、かって自分をフッた彼女の前に、のこのこと顔を出すことがどんなにつらい話か。孝治にもその気持ちは、充分以上に理解ができた。

 

 孝治自身に失恋の経験はないのだけれど。

 

 だから同行の件はなしとして、孝治は到津に礼だけを返した。

 

「わかった✌ とにかくありがとやね☺」

 

「ささっ、フェニックスの居場所がわかったとやけ、あとは旅の準備ばい✈」

 

「うわっち……もうよかっちゃね? 他になんか訊かんでもええと?」

 

 ここで、もう少し情報集めをしたかった孝治の右腕を、清美がいきなりガシッと引っつかんだ。それから地図帳は床にほったらかし。座っていた椅子から清美が立ち上がった。

 

「本当にありがとうございます♡ このお礼は、いつか必ず☀☆」

 

 三枝子も律儀に深々と礼を繰り返し、ドアを開いて到津の部屋から一番に出ていった。

 

「ほんじゃ、ありがとよ♥」

 

 それから清美も、さっさと部屋から飛び出した。

 

「あした朝一番に出発ばいね✈✈」

 

「うわっち! もうね?」

 

 孝治もたまげたとおり、旅立ちの日程はすでに、清美の腹の中で決まっているようだ。


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