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『剣遊記[』

第一章  女格闘士、御来店。

     (7)

 いったい、いつの間に現われたのかは誰も知らないが、酒場の東側にある階段を下りた所だった。そこで清美が両方の瞳から、まるで滝のような涙を流して号泣していた。

 

 それは未来亭の誰もが初めて目撃をする、女豪傑の思いっきりな泣き顔😭だったのだ。

 

「あたいは感動したばい!」

 

 しかも周囲が唖然としている状況を、まるで気にも懸けないご様子。清美が泣きながらで、三枝子が座っているテーブルの前に、ドッシドッシと大股で歩いてきた。

 

 このド迫力にはさすがの女格闘士も、見事に度肝を抜かれた感じ。両方の瞳を、パッチリと思いっきりに開いていた。清美はそんな三枝子の両手を、いきなり無理矢理的にギュッと、こちらも両手で握り締めた。

 

「あたいは実は、あたに勝負ば申し込むつもりで来たばってん、あたん話ば聞いて考えが変わったばい! あたいもあたのフェニックス狩りにかせしてあげるけぇ!」

 

「いえ……あたしは別に、フェニックスば狩るんやなかとですけどぉ……☁」

 

 清美は一方的に吠えまくって、三枝子をメチャクチャにとまどわせるばかり。だけども清美自身は、すっかり自己陶酔の世界。三枝子のうろたえなど、まったく瞳にも耳にも入っていない感じ。ひとりで勝手につぶやいていた。

 

「ああ、剣の道の優勝者と格闘の道の優勝者が、こげんして熱か友情で結ばれて、ひとつの目的に向こうてまっしぐらに突き進む✌ これぞ後世まで語り継がれる伝承歌の舞台なんばいねぇ〜〜✍」

 

 ここまで話が勝手に進んでようやく、三枝子は清美を思い出したようだった。

 

「あっ! あなたは確か……競技大会で女子の剣技で優勝した方……!」

 

 もちろん清美は、これ以上はないほどの大喜びとなった。

 

「やったぁーーっ♡ あたいんことば覚えちょってくれたんやねぇ♡ そうなんよ♡ このあたいこそ日本一の女戦士こと、本城清美なんばぁーい♡」

 

「女同士のライバル同士が感動の再会けぇ☻ こりゃよか勉強になりそうやけ、ここんとこメモに書いとかなね☺」

 

 先ほど、同僚たちから無理矢理黙らされた真岐子が、いつもエプロンの右ポケットに常備している手帳に、清美と三枝子の会話をすべて欠かさず記入していた。真岐子は将来、一流の吟遊詩人を夢見て日夜努力を続けているので、これを題材にして、なにか新しい歌でも作るつもりなのだろう、きっと。


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