『剣遊記[』 第一章 女格闘士、御来店。 (6) 「……なんが『よかチャンス』ね?」
思わず訊き返した孝治に、涼子がそっとささやいた。
本当は、幽霊涼子の存在は孝治と友美しか知らないし、秘密にもしているのだ。あとで孝治は声に出して尋ねたことを『ヤバか!』と思い、自分の軽率さを、ちょっぴり後悔した。
もっとも涼子自身は自分が秘密の存在であるなど、まるで無頓着の態度でいるけど。
『だって、フェニックスの血ば飲んだら、どげな病気かて治るんでしょ☆ それやったら孝治が飲んだら、元の男に戻れるんとちゃう?』
「うわっち!」
見事、悪魔のそそのかしのような涼子の甘言に、孝治の心は小船のように揺れた。
ほとんどあきらめかけているとはいえ、孝治とて、男に戻れる日を願わないわけではなかった。それに男に戻りさえすれば、もう『あいつ☻』から追い回される悲劇はない。
その揺れる思いのまま、孝治は三枝子に声をかけてみた。
「あのぉ……やねぇ、もし良かったら……おれが……☁」
「ちょっと、ぼくも質問があるっちゃけど!」
「うわっち!」
孝治は次のように言いたかった。良かったら、おれがフェニックス探しに協力してもよかっちゃよ♡ そん代わり、おれにもお裾分けをば――と。ところがそれを言おうとした直前だった。横から裕志がしゃしゃり出て、孝治よりも先に三枝子に尋ねたのだ。
「こん野郎ぉ〜〜!♨」
孝治は歯ぎしりをして、ついでにうなり声も上げた。だけれど、鈍感な裕志に悪気はなかった。孝治のムカツキなどてんで気づかず、質問とやらを勝手に始めてくれた。
「なしてフェニックスん血ば探しよんかはあとで訊くっちゃけど、万能の特効薬やったら、フェニックスよかユニコーン{一角馬}の角んほうが、よっぽど手に入れやすいんやなかっちゃろっか? ユニコーンは女ん子にすっごい従順なんやけ、君なら簡単に捕まえられるっち思うっちゃけど✌」
「ユニコーンけぇ✍」
裕志の質問を聞いて、孝治も思い出した。確か魔術師天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}の飼っているロバが、実はユニコーンとの混血なのだ。もっとも今は、美奈子と弟子の高塔千秋{たかとう ちあき}、千夏{ちなつ}の三人といっしょに遠方に旅に出ているので、あいにく未来亭には不在であるが。
だが三枝子は裕志の問いに、頭を横に振って応じ返した。
「いえ、それはいけんとです✄」
裕志がキョトン顔になって尋ね返した。
「えっ? どげんして?」
三枝子が答えた。裕志だけではなく、この場にいる全員に聞かせるかのようにして。
「ユニコーンの角ば手に入れるっちゅうことは、そのユニコーンば殺すっちゅうことなんやから♐ いくら母の病気ば治すためっち言うたかて、あたしは殺生ばしたくありましぇん☢」
「うわっち! お母さんが病気なの?」
孝治は驚きで、思わず瞳を大きく開いた。これに三枝子が、ややうつむき加減になって、話を続けた。
「はい……あまり言いたくなかったとですけど、あたしの母が重い病で倒れてしもうて、いろんな医者に診てもろうたとですけど、みんながみんなサジば投げてしもうて、もうフェニックスの血に頼るしかなかとなんです☁ フェニックスなら命ば取らんでも、ほんの少しだけ血ぃ分けてもらうだけで良かなんですから☀ それで話ば聞いてもらえたらなんとかなるかも……っち思うたもんですから……★」
友美が三枝子の身の上話を聞いて、深くうなずいていた。
「そげん理由{わけ}なんやねぇ〜〜♠ 確かにフェニックスは神にも近い存在やけ、それこそ誠意ば持って話せば、なんとかわかってもらえるかも♐」
続いて孝治も、ややため息混じりでつぶやいた。
「それやったらあとの最大の問題は、フェニックスがどこにおるかっちゅうことやねぇ〜〜☁」
「エラかっ!」
そのとき突然、轟音のような銅鑼声が、酒場中に轟いた。
「うわっち!」
孝治を始め全員が、声の方向に顔を向けた。
「うわっち! うわっち!」
信じられない光景が、なんとそこで展開をされていた。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |