『剣遊記[』 第一章 女格闘士、御来店。 (5) 「フェニックスぅ……?」
酒場に全員が顔をそろえ、とりあえず歓迎の雰囲気が落ち着いたところだった。三枝子が未来亭の面々相手に尋ねた質問で孝治を始め、一同小首を傾げていた。
だが、そのような状況になっても、三枝子はいかにも真剣そうな顔をしていた。
「そうなんです☆ あたしがこの未来亭ば訪ねたんは、出入りの冒険者がいっぱいっち聞いて、ここやったら誰かフェニックスんことば知っとう人がおらんやろっかなぁ……っち思うたとですけどぉ……✍」
「フェニックスねぇ……✍✎」
真面目に尋ねる三枝子の顔を見つめながら、孝治は先ほどと同じセリフをつぶやいた。女格闘士の真剣そのものの眼差しを見れば、それが物見遊山ではなく、本気でフェニックスを求めている様子が、孝治にもよくわかる。さらにフェニックス{不死鳥}の名前と噂だけならば、孝治も一応知っていた。別名『火の鳥』と呼称されているとおり、半永久的な生命をその身に宿す、伝説の火炎鳥の話として。
「申し訳なかっちゃけどぉ……いきなり尋ねられてもねぇ……☁」
孝治は返答に困った。噂によれば五百年に一度、充分に生き永らえたフェニックスがどこかの火山に身を投じ、再び若い命に再生をするらしい。しかし、その光景を見たという者は――誰もいないらしいのだ(だったら噂の出所はなんなんだ?)。
「友美と裕志は知っちょうね?」
孝治は自分のうしろに控えるふたりに尋ねてみた。だけど友美も裕志も、そろって頭を横に振るばかり。
「ぼく……よう知らんちゃねぇ☂」
「わたしも、子供んときに話ば聞いたことあるとやけどぉ……☁」
「そげんですよねぇ……無理なこつ訊いてすみましぇん……☃」
いかにも落胆気味に、三枝子が深いため息を吐いた。そこへ、今まで黙って成り行きを見ていた律子が、うしろから三枝子に声をかけた。
「フェニックスんこつはわたしかて知らんとやけど、到津さんなら知っとんやなかろっか?」
「うわっち、そうばい! あいつなら確かに確実かも☀」
孝治も律子の思いつきに両手を打った。それというのも、未来亭に居着いている野伏の到津福麿{いとうづ ふくまろ}なる人物は、知る人ぞ知るドラゴン{竜}の化身であるからだ。だからドラゴンであればフェニックスについて、なにか知っていて当たり前に違いない――かも。
「それじゃ、今すぐ聞きに行ってみよっか☆」
「はい! 良かったぁ☆ ここまで来た甲斐、あったとですね☀☺」
孝治は早速、階段のほうに足を向けた。三枝子もあふれる喜びを、顔一面に浮かべていた。その到津なる野伏は最近、裕志たちといっしょに大陸まで宝探しのために海を渡り、先週帰国をしたばかりなのだ。しかもこのところは仕事がないので、今ごろは自分の部屋で、ぐっすりと休んでいるはずである。
ところで到津、裕志とともに、大陸に渡った者がもうひとり存在するはずなのだが――孝治はわざと、そいつの話題には触れないようにしていた。
「良かったぁ♡ やっぱしここにはフェニックスについてよう知っちょう方がおんしゃったんですねぇ♡」
未来亭を訪れるまで、いったいどれほどの苦労を重ねたかまでは、孝治たちに知るよしはなかった。しかしその努力が報われたとばかり、三枝子が未来亭一同に向け、深々と感謝の意味で頭を下げてくれた。そこで由香が質問。
「それで、三枝子さんはどげんして、フェニックスば探し求めよんですか?」
「はい……実はぁ……☹」
この至極当然な問いに答えるためか、三枝子が着ている鎧の懐から、一枚の白い布切れを取り出した。
「いえ……ほんなこつ大したことやなかとです☹ ただ、フェニックスの血ばほんの少しだけ、この布に湿らせてほしかだけなんです……♤」
「フェニックスの血ぃ?」
そばで聞いている友美にはなにか、心当たりがあるようだった。
「ん? 友美はなんか知っちょうと?」
尋ねる孝治に友美は、記憶の底をまさぐるように頭を右にひねってから答えてくれた。
「確か……やと思うっちゃけどぉ……うろ覚えでごめんばいね☁ フェニックスん血はぁ……どげな病気やケガかてたちどころに治す万能の特効薬っち聞いたことがあるっちゃね♐ これって子供んころに聞いた話なんやけどね✍」
『これってやねぇ、孝治にもよかチャンスやなかと?』
このとき友美の話をいっしょに聞いていた涼子が、こっそりと孝治の左耳に耳打ちで話しかけてきた。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |