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『剣遊記[』

第一章  女格闘士、御来店。

     (4)

「あんやてぇ? 畑三枝子が来たっちねぇ✐✍」

 

「は……はい、そうなんです♋」

 

 ここは未来亭の、ある一室。同僚の戦士同士でありながら子分扱いをしている徳力良孝{とくりき よしたか}からの報告に、豪傑女戦士こと本城清美{ほんじょう きよみ}が、挑戦意識丸出しで、座っていた椅子から立ち上がる。

 

 これに半分ビビった状態ながらも、徳力が報告とやらを続けた。

 

「清美さんかて御存知っち思うとばってん、いつかの闘技大会で女子格闘士部門で優勝ばした、あの畑三枝子っつう人です……♋☞」

 

「畑三枝子けぇ……✍」

 

 ドワーフ{大地の妖精族}の一人前戦士でありながら、清美の前だとなぜか及び腰になってしまう徳力。そんな同僚の話を右の耳から左の耳へと聞き流しつつ、清美は大会の日の光景を、頭に思い浮かべていた。

 

 あの日の出来事は、けっこうよく覚えていた。清美が女子剣技の部門で優勝をした、栄光の晴れ舞台であった思い出を。その同じ日に、格闘技で優勝したライバルとも言える選手が三枝子だったのだ。

 

 もっともその日は、部門の違いから特に顔を合わせることもなく、相手の名前を記憶する程度で終わっていたのだが。

 

「そん畑三枝子っちゅうのが、今ごろばってん、なんの用なんやろうねぇ……✈☠」

 

 再び椅子に座り直し、踏ん反り返った姿勢で、清美は三枝子とやらの真意を考えてみた。

 

 現在、未来亭の清美専用部屋に在室している者は、部屋の主人と徳力のふたりだけ。いくら同僚の戦士同士とはいえ男女である以上、借りている部屋は別々のはずである。それなのに徳力を私用人扱いしている清美は、着替えと就寝時間以外、常に自分の部屋の中に、仮にも男を呼び入れていた。

 

 無論用件は、徳力を自分の小間使いとしてコキ使うために。

 

「よっしゃあ!」

 

 しばし考えをめぐらせていた清美が、再度椅子から立ち上がった。それから徳力に命令。

 

「トクっ! 三枝子をあたいに会わすったい!」

 

「は、はいっ!」

 

 完全に従者の状態で、徳力が清美を先導。まずは部屋の扉開けから始める忠誠ぶり。

 

 どのような理由があるのか。誰もが不思議に思っている、彼の飼い犬っぷり。とにかく徳力は骨の髄まで、清美個人への使用人根性に徹しているらしいのだ。


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