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『剣遊記[』

第一章  女格闘士、御来店。

     (2)

「ええーーっ!」

 

「ほんなこつねぇーーっ?」

 

 すぐに厨房の奥からぞろぞろと、未来亭給仕係の面々が顔を出す。

 

「どこどこぉ? ぜひ見てみたいっちゃけどぉ♡」

 

 給仕係のリーダーを務める一枝由香{いちえだ ゆか}を先頭に、七条彩乃{しちじょう あやの}、田野浦真岐子{たのうら まきこ}、皿倉桂{さらくら けい}、夜宮朋子{よみや ともこ}などなど、おなじみの女の子たちである。

 

「ええーーっ! こん人があの有名な女格闘士の畑三枝子さんなんけぇーーっ? 話に聞いちょったえずかんといっちょん違ごうて、すっごかふつうの女ん子やなかねぇ! わたしが聞いた話やと、格闘士って心技体ともに究極的に鍛え抜かれた筋肉と技ば持っちょって、精神も常人離ればした超人みたいな人やっち思いよったとにぃ♋ でもよかばい♡ そげんこつ、どげんだっちゃよか☆ これやったらわたし、かえって安心したんやけ☀ だって、これやったらわたしたちといっちょん変わらんのやけ、きっとよか友達になさそうばい……うぐっ!」

 

「はい、そこまでにゃけ! 真岐子がにゃべり出したら、いっちょん止まらんにゃけねぇ☠」

 

 例の長いおしゃべりが始まりかけたラミア{半蛇人}――真岐子の口を、朋子が大急ぎでうしろから両手でふさいだ。これにより真岐子の長い大蛇の胴体がドタバタともがいているけど、こうでもしないと、いつまでたってもこれまた長いおしゃべりが終わらないからだ。ついでに朋子自身もお尻から猫のしっぽが伸びているのだが、こちらもぴょこぴょこと、左右に振られていたりする(朋子はワーキャット{猫人間}なのだ)。

 

 人のことは言えないものである。

 

「へぇ〜〜、あの女格闘士の畑三枝子さんが来たってねぇ☻」

 

 ここで給仕係たちに続いて、鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}と浅生友美{あそう ともみ}。それに牧山裕志{まきやま ひろし}も、厨房から酒場にお出ましをした。

 

 一応くわしく紹介を述べておこう。後出の三人は未来亭で勤務をしているわけではない。早い話が店に専属をして冒険仕事を請け負っている、戦士や魔術師の面々なのである。

 

 この場では孝治のみが戦士であり、全身を軽装の鎧で固め、腰に愛用の中型剣を装着している。また友美は魔術師であるが、やはり軽装の鎧を着用。最後に裕志だが、こちらも職業は魔術師で、友美とは対照的に、それらしい黒衣を着込んでいる。なお、裕志に関しては、他に特筆するような特徴はなし。

 

 ついでと言ってはなんだが、実はもうひとりいたりして。

 

『へぇ〜〜、こん人が畑三枝子っちゅうとやねぇ……格闘士やけん、もっと勇ましいかっち思いよったっちゃけど、格好ば抜きにしたら、いたってふつうの女ん子っちゃねぇ☺☺』

 

 孝治たち三人の頭上で、プカプカと浮遊中。未来亭に取り憑いている幽霊の曽根涼子{そね りょうこ}が、来客である三枝子の顔を上から眺め、ある意味失礼な人間観察をつぶやいていた。

 

 だが、幽霊――涼子の姿が見える者は、この世にただふたりのみ。すなわち孝治と友美の御両人だけ。その理由は涼子がこのふたりを気に入ったという、実に他愛のないきっかけ。だけどそのおかげで孝治と友美はいつも、幽霊娘の茶目っ気に振り回されてばかりいるのだ。

 

 余談だが、友美と涼子は顔かたちがウリふたつ。幸いこの事実を知っている者は、それこそ孝治と友美と涼子だけなので、話をこれ以上ややこしくする事態だけは、今のところ避けられていた。またこの設定は、なかなか生かす機会がない現状であるが、今回もストーリーにも、まったく関係しなかったりする。

 

 さらに、これを言っても仕方のない話なのだが、涼子は孝治と友美以外には誰にも自分の姿を見せない状態を良いことにして、いつも真っ裸で世の中を徘徊していた。

 

 もちろん今現在も――である。もっとも見えていたら、今以上に大混乱な話となるであろうけど。

 

 なお、前置きがかなり長くなったが、孝治や給仕係たちが厨房に集まっていたのには、ひとつの理由があった。それは厨房に緑色の髪をした女性と、彼女が抱いている赤ん坊がいたからだ。そのため時間を、少しだけ遡{さかのぼ}る。


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