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『剣遊記[』

第一章  女格闘士、御来店。

     (13)

「なるほどやねぇ♐ 病気の母さんば助けるために、最高の万能薬であるフェニックスの血ば求めるけぇ……くぅ〜〜っ!☂ 泣かせる話っちゃねぇ!☂」

 

 一応ハンカチで目頭を拭く真似を見せながらも、荒生田のサングラスの奥の三白眼は、涙を全然流していなかった。それどころかむしろ、狡猾そうな光を宿しているように、裕志には見受けられた。

 

「……そやけど、フェニックスの血は専門の薬屋に持ってけば、すっげえ高値が期待できるっちゃねぇ☀」

 

 ほぉら、思うたとおりっちゃね☠――裕志は痛む両足を自分で撫で撫でしながら、声には出さないようにしてつぶやいた。これは先輩の本性が、早くもあらわとなったわけなのだが。

 

「た、確かに市場でもすっごい相場っち聞いたことがありますっちゃけどぉ……それってあまりに邪{よこし}ま過ぎません? なんかバチが当たるような気がするとですけどぉ☢」

 

「しゃあしぃーーっ!」

 

 滅多にない後輩――裕志からの忠告を、荒生田は荒い鼻息の一発で跳ねのけた。

 

「オレはやなぁ、畑三枝子ちゃんになんの見返りもお礼も要求せんで、極めて純粋な気持ちで協力ば申し出るだけやけね! でもちょっとくらい、いい目があったかてよかっちゃろうがぁ!」

 

「はいはい☠」

 

 いい目がたっぷりないと、絶対に自分から動かんくせしてからにぃ☠――またもや声には出さず、裕志はつぶやいた。

 

もっともこれが、裕志の限界でもあるわけだが。その代わりにひと言だけ、後輩魔術師は付け加えた。これも声には出さないようにして。

 

(先輩、大陸での宝探しに失敗したけんねぇ……それで少々荒れちょるんかもね☛)

 

 荒生田の大陸での宝探しには、裕志も参加を強制されていた。しかし行くとこ行くとこすべて、砂漠かもしくは観光地ばかり。けっきょく大きな骨折り損に終わっていた。

 

これは最近、幸運の星から遠ざかっている荒生田に、またひとつの大きな黒星が追加をされただけだったのだ。

 

 そんな苦労と徒労など、とっくの昔。早くも忘れきっているかのように、荒生田が裕志に言い放った。

 

「それとあしたは、孝治も参加するっち言いよったねぇ☆」

 

 三枝子のフェニックス狩りの参加者には、清美と徳力たちの名も、裕志は言っていた。だけど荒生田が口にした者は、なぜか孝治ひとりとなっていた。

 

「聞けば今回同行する男はおまえひとりだけやないけ☞ それじゃ危ないっちゃけ、オレも同行することにするっちゃけね! 孝治と畑三枝子ちゃんの安全はオレが守っちゃる!」

 

「あのぉ……清美さんと徳力さんもおるとですけどぉ……☁」

 

「これは決定事項やけな! 今晩のうちにオレの分の冒険申請と旅の準備ばしとくっちゃぞ✈」

 

 裕志の言葉など、荒生田は完全無視。とにかく吼えに吼えまくると、ドアを乱暴に押し開けて、サングラス😎の先輩戦士は裕志の部屋から退出しようとした。

 

「先輩、どこへ?」

 

 後輩の問いに、荒生田は答えた。

 

「飲んでくるけ!」

 

 まるで台風のような男である。


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