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『剣遊記13』

第一章  天才魔術師のお見合い。

     (3)

「あら?」

 

 昨夜の雨の匂いが充満している木造小屋の中で、美奈子はパチリと瞳を覚ました。

 

 ここは旅人の急な雨避けのため、山道のあちらこちらに用意をされている、簡素な寝泊まり小屋の中である。

 

 美奈子は弟子の高塔千秋{たかとう ちあき}、千夏{ちなつ}の双子姉妹と荷役担当のロバ(名前は『トラ』)を従え、大分県のある貴族の依頼で、悪霊の除霊を行なった。

 

 その帰りの山道であった。夜遅くになって急な豪雨に遭遇。ちょうど都合良く道沿いにあった寝泊まり小屋で、けっきょく一夜を過ごす成り行きとなったわけ。

 

 また都合良く、小屋は完全に無人の状態だった。そこで三人と一頭は暖炉に火を焚いて、室内を暖かくしてから寝についたのである。

 

ちなみにもしも先客がいたとしたら、相手が女性であれば仲良く同宿となるところ。だけど男性だったら催眠術をかけて、小屋から追い出す腹積もり――たとえ外が嵐であっても。これは内緒にしておこう。

 

小屋には美奈子たちのような難儀をした旅人のために、多くの用意がなされていた。例えば暖を取るための薪や、簡単に眠れる木製のベッドや毛布などなど。これらはすべて、近隣の町や村の住民たちが自発的に、旅人のために日頃から準備をしてくれている設備なのだ。

 

なぜここまでのサービスが用意されているかの理由であるが、地方の町や村にとっての旅人は、地元に少なからずの金を落としてくれる収入源であり、また地方の情勢などを教えてくれる、有り難い情報源でもあるからだ。

 

言わば旅人のおかげで町民や村民たちは、ありとあらゆる新しい情報に授かれる僥倖にありつけている――と言うわけなのである。

 

「雨もやみはったようでんなぁ……

 

 ベッドから上半身のみを起き上がらせ、美奈子は室内を見回した。それほど広い小屋ではなくひと部屋だけなので、千秋、千夏の姉妹、それにお伴のロバも同じ空間の中にいた。

 

 もちろん双子姉妹は、美奈子と同じベッドの中(もともとベッドはひとつしかない)。師匠である美奈子を真ん中に置いて、左側に千秋、右側に千夏の、いわゆる『川』の字となって寝についていた。またロバは、床の土間の上で四本の脚を曲げ、体を右のほうを上にして横倒しとなっていた。

 

 昨夜は突然の豪雨に襲われ、美奈子たち三人もロバも、ほうほうの体で小屋に駆け込む有様だった。

 

 相手が天気の急変ともなれば、さすがの美奈子とて、魔術で対処できるシロモノではないのだ。

 

 とにかく急いで暖炉に魔術で火を灯し、濡れた体と衣服(千秋は野伏風。千夏はふつうの外出用。無論美奈子は魔術師の黒衣。最近はアラブ風に顔を隠していない)を乾かし、ようやく落ち着いてから三人と一頭は、深い眠りに入ったわけ。

 

 朝になって美奈子は一番で目を覚ましたのだが、両側の双子姉妹とロバは、昨夜の疲れがけっこう大きかったご様子。声をかけるのを思わずためらうほど、今も深い寝息を立てていた。

 

「しょうがおまへんなぁ 起こすのもなんやさかい、うちだけでもちと、外を散歩してきますわ☛

 

 美奈子は口の端に笑みを浮かべつつ、寝泊まり小屋からそっと外に出た。


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