『剣遊記13』 第一章 天才魔術師のお見合い。 (14) 「わかと……どすか?」
「そうだがや。それがどうかしたかね、美奈子くん?」
「い、いえ……なんでもあらしまへん☁」
黒崎から逆に尋ね返され、美奈子は軽く頭を横に振った。しかし美奈子の記憶の底では、どうもなにかが引っ掛かるような思いがしていた。
実際脳内のどこの引き出しを探っても、一向にそれらしい記憶が出てこなかった。それがわかっていても、なにか気になって仕方がない――といったところの心境であろうか。
だけどこの思いは口にはできないので、美奈子は思いっきりに尊大な態度を見せるようにして、黒崎にはごまかしておいた。
いやむしろ、それは自分自身を偽るような気持ちですらあった。
「ま、まあ。いわゆる若旦{わかだん}はん……ちゅうことでおまんのやなぁ♠♣ まあようある若ボンボンや思うてええんでっしゃろうなぁ☻」
『わかと』の名の記憶はともかくとしてやで、そんなんやったら今うちの目の前に、ちょうどええ見本(黒崎氏)がおりまんなぁ――これも口には出さず、美奈子は脳内でつぶやいた。
(この界隈って、ほんま若ボンボンしかおらへんのかいな?)
ある意味これは偏見でもあった。だが確かに未来亭の黒崎氏を始め、知っている大店{おおたな}の主人は大概が、二代目のお坊ちゃんが多いような気がする。
もちろん美奈子とて、『玉の輿』を夢見ないわけでもなかった。従って絶好のチャンスが目の前に現われれば、これに飛びつかない道理はないだろう。
(まあ、これもヘタな鉄砲の内の一発や思うて、話だけでも乗ってみましょうかえ☻)
美奈子のそのような下心を、まるで見透かしたかのようだった。すぐに黒崎が、前向きな感じで美奈子をうながしてくれた。
「今回はまあ、僕の顔を立てるだけの話だから会うだけ会って、あとで断ってもええがね。僕もその辺のフォローは簡単にできるがや」
(なんや、熱心に薦めはっとんのかどうでもええんか、ちいともわからしまへんなぁ?)
もともと美奈子も、黒崎という人物を頭ではなにを考えているのかわからない、謎の人物だとみなしていた。しかしそれでもこのような言い方をされると、今回の見合い話とやらも、いったいなんのために行なうものやら。まったく皆目見当のつかない話となった。
それは承知で美奈子自身も黒崎と同じようにして、一応前向きの姿勢を見せてやった。
「ようおます☺ そのお見合いの件、一応会うだけ会{お}うてみますさかい☻」
なんだかどうでも良いような気分になって、美奈子は軽く、右手で自分の胸を叩いてみせた。これに黒崎も、やや満足気味な笑顔で返してきた。
「そうか。こちらも有り難く思うがや。それで、お見合い日時はまた改めて伝えるとして、他になにか希望みたいなことはないかね?」
これも妙に引っ掛かるような言い草だが、美奈子もあまり突っ込む気にはなれなかった。
「そうでんなぁ……見合いの席に……うちひとりやったらなんもよう言えんようなる思いますさかい、同席者を何人か連れてこさせてもよろしゅうおますか? まあ例えば孝治はんとか友美はんが、あんじょうよろしゅうおまんのやけど☻」
横で千秋がつぶやいた。
「師匠、見合いの相手が気に入らへんかったら、ネーちゃんたちにあとの始末を押し付ける気やな☻ まあ千秋かて、ネーちゃんたちが適任やっちゅうのは、ようわかるんやけどなぁ☕☠」
今の千秋のつぶやきは、どうやら黒崎と美奈子には聞こえていなかった。千秋には構わず、話が進んでいるようなので。
「そうか、わかったがや」
いったいなにがわかったものやら。黒崎は美奈子の要望を、簡単以前の感じで承諾した。
そこへ秘書の勝美が、ドアを開いて執務室に戻ってきた。
「店長、律子さん、たった今実家に帰りましたばい⛴」
彼女は簡単に、人間サイズのドアをピクシーの力で開いたわけである。
それは置いて、黒崎にとってはグッドタイミングとなった。
「ちょうどええがや、勝美君、今度は孝治と友美君を呼んできてほしいがや」
「あ、はい✒」
勝美はすぐに身を翻し、背中の半透明アゲハチョウ型の羽根をパタパタさせて、執務室から再び外の階段へと飛び出した。
ちなみにこのあと真岐子と会って、彼女に孝治たちの呼び出しを頼む話の流れとなる。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |