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『剣遊記閑話休題編T』

第四章 玄海の波は穏やか。

     (7)

 壮絶なるリンチ(集団暴行)が、本来は波静かな海の家にて、ボカドカバカグシャバキンッと展開された。

 

 もはやひたすら袋叩きにされる一方の射羅窯。しかし彼はある意味において、人生最大である幸福の絶頂とも言えた。それは襲いかかっている女の子たちが全員、水着姿(それもビキニ)でいたからだ。もっとも当の本人は、とっくに意識喪失の状態。これでは残念ながら、夢の幸福を味わっている記憶など、一切彼の頭には残らないであろう。

 

 とにかく事態がここまで進展すれば、友美のセリフどおり、もう孝治に出番はなかった。

 

「おれは首絞めただけっちゃね……まっ、えっか♥」

 

 射羅窯が倒れるときと、ほとんど同時、孝治はすぐにその巨体から飛び離れ、初めは広間の真ん中で立ち尽くしていた。しかし、もはやおれの役目は終わったっちゃね――とばかり、給仕係たちの後方へ下がり、広間の床に腰を下ろした。そこへまた、大きな由香の声が響いた。

 

「彩乃っ! こいつの血ば吸って、トドメば刺すっちゃよ!」

 

「ええっ? こいつの血ばぁ?」

 

 突然である由香からのなかば強引なる命令に、彩乃が大きくとまどっていた。それに構わず、由香は言い放った。

 

「そうっちゃよ! こげな血の気の多か悪漢は、一滴残らず抜いたほうがええっちゃけ!」

 

 それでも彩乃は、二の足踏み丸出し。

 

「でもぉ……うっせたくなる(長崎弁で『捨てたくなる』)ほど不味そう……ヴァンパイアかて、選ぶ権利はあるとばい☠ もうみんなでダゴにしたんやけ、これでええとちゃう?」

 

「四の五の言{ゆ}うとらんで、早よ噛みついてや!」

 

「は、はい……☃」

 

 けっきょく由香から、やはり強引に押し切られた格好。嫌々そうに彩乃が、射羅窯の首筋に、牙をカプッと突き立てた。

 

「うわっ☠ こん人いじくそ汗臭かぁ☠ それにごーぎ垢だらけばぁい☠」

 

 血を吸いながらも彩乃は、一生懸命苦情を言い立てた。けっこう器用なヴァンパイアである。

 

 とにかく典型的なオヤジ臭を我慢しながらであろう。彩乃がゴクンゴクンと、射羅窯の血を吸い続けた。

 

「げっぷ……☢」

 

 やがて一気飲みを終え、彩乃は牙を抜いた。

 

「やっぱ、中年の血は不味かばいねぇ……うぷっ☠」

 

 それからそそくさと、彩乃は広間から出ようとした。その彼女に、孝治は問いかけてみた。

 

「彩乃、どこ行くとや?」

 

 彩乃は顔面を真っ青にして答えてくれた。

 

「ちょ、ちょっと……外に……もどしてくるばい……☠」


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