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『剣遊記閑話休題編T』

第四章 玄海の波は穏やか。

     (5)

「うわっち! うわっち!」

 

 しかしこの快挙は、孝治の判断で実行した、捨て身の技ではなかった。なによりも当の孝治自身、自分の起こした行動が、まるで理解できていないのだ。

 

「うわっち! こ、これっていったい、どげんなっとうとやぁ!」

 

 とにかく今は、両方の瞳をカッと開いた思い。脱走犯の頭と首に、孝治の全身そのものが絡みついていた。

 

「こ、これってまさか、友美に涼子けぇ!」

 

 ようやく落ち着いた――どころではないが、孝治は広間の入り口に立っている、友美と涼子に瞳を向けた。射羅窯の首を、太ももでギュッとはさんだまんまで。

 

 それから案の定だった。友美は先ほどの物体浮遊術のポーズのまま。涼子もポルターガイストを使ったあとのように、思念を発動させたポーズ――両手を前に突き出していた。

 

 つまりがこれも、魔術と霊能力の共同作戦であったわけだ。友美がこれについて、言い訳気味に言ってくれた。

 

「そやかて、孝治ったら肝心なときに足ば痺れさせて、でたんカッコ悪かったんやもん☁ やけんわたしの術と涼子のポルターガイストで、孝治ばそいつん所まで飛ばしてあげたっちゃよ☀」

 

『そうそう☀ あたしと友美ちゃんって顔もウリふたつなんやけど、息かてピッタリ合{お}うとうでしょ☀✌』

 

 友美はやや申し訳なさそうに。その真逆で涼子のほうは、これまた得意満面の極致でいた。しかしどっちにしたところで、孝治にとっては究極の迷惑。だがもはや、ここまで来てはもう、あとには一歩も引けなかった。

 

「人ば弾丸にして勝手んこつ言うんやなかぁーーっ! もうほんなこつヤケクソばいっ! 絶対こっから離れんけねぇーーっ!」

 

 こうなれば思わぬ事態を絶好のチャンスとするしかない。孝治は満身の力を込めて、裸のまま両足の太ももで、射羅窯の首を絞め上げた。すでに正座による足の痺れなど、どこか遠くへ『痛いの痛いの飛んでけぇーーっ!』風に吹き飛んでいた。

 

 さらにこの絞めで、射羅窯が大いにもがきまくった。

 

「ぐええええええっ! ぐ、ぐるじがぁーーっ!」

 

 だが三毛猫(とっくに逃げてる)によって、顔面全体を激しく引っ掻かれ、狼狽の極にあった射羅窯であった。今の彼には孝治の太もも首絞めを力づくで振りほどく余力など、まったくと言って良いほどに残されていなかったのだ。


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