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『剣遊記閑話休題編T』

第四章 玄海の波は穏やか。

     (2)

 孝治は必死の思いで叫びまくった。しかし正座で両足が痺れているため、ジタバタと足を動かすたびに、ビリリと全身の神経が騒ぐばかりでいた。

 

「うわっち!」

 

 そんな孝治など射羅窯はもはや、お構いなしの態度となっていた。

 

「しぇからしかぁ! それよか早よ次の魚ば持ってこんねぇ!」

 

「は……はい……☠」

 

 由香はすぐに炊事場へ引っ込んだが、代わりに桂が緊張の面持ちで、わめく射羅窯に応えて、皿に盛った焼き魚を持ってきた。今度は今までの中で、最も程良く焼けている中型のスズキ出世魚なので、60センチくらいならセイゴ)であった。

 

(こげなやつに食わせるなんち……もったいなかぁ〜〜☠)

 

 端で見ている孝治にもなんだか、魚が美味しそうに見えてきた。

 

 射羅窯は再び、島の独裁者として返り咲き。ここでの声も出せない民衆は、給仕係の女の子たちといったところか。

 

 これではまさに、鬼畜の宴。

 

 ところが――であった。

 

「にゃあ〜〜ん☆」

 

 桂の足元にはなぜか、三毛猫が寄り添っていた。これは別段、三毛猫――朋子の存在に、深い意味があるわけでもなかった。ただ単に、朋子が友達――桂に付き合っているだけの話なのだ。

 

 だが、白地に黒と茶色の色分けである三毛猫の姿に、射羅窯が目を向けたとたんだった。

 

「ぎゃぼっ!」

 

 射羅窯の顔色が、一瞬にして青一色に変貌した。まさに今までの興奮状態の真っ赤から、青系のガミ○ス星人への変身のごとく。

 

「ね、猫がおったんけぇーーっ!」

 

「あれ? あんた知らんかったんけ?」

 

 射羅窯の尋常ではない驚きようは、孝治にも思いっきりに意外であった。三毛猫に変身中の朋子であれば、すでに最初の時点で射羅窯が孝治たちと遭遇したとき、給仕係の足元にいたはずである。しかし射羅窯はそのとき興奮しきっていたので、朋子変身の三毛猫に気づかなかったのだろうか。

 

(そうやったとしたら、こいつけっこう鈍感ちゃねぇ☠)

 

 孝治は内心で笑ってやった。ここで射羅窯の曝した醜態ぶりが、まさに滑稽そのものであったから。

 

「そ、そん猫ばどっかやらんねぇーーっ!」

 

 とにかく顔面から脂汗を噴出させ、射羅窯が右手に持っている斧を、闇雲にビュンビュンと振り回した。これでは誰が見たところで、事態の成り行きは一目瞭然。

 

 孝治はズバリと言ってやった。

 

「おっさん、猫が怖いんけ?」

 

「しぇ、しぇからしかぁーーっ!」

 

 実に正直な男だった。

 

 大物山賊と自称するだけの男が、なぜこれほどまでに猫を恐れるのか。この理由は女性に対するトラウマと同様、本人がすなおに原因を教えてくれる展開とは、絶対にならないであろう――が、大男が大の猫嫌いである話は、これもひとつの定番と言えるのかも。

 

 それよりも、原因はともかく新たなる弱点が判明した今こそが、孝治にとっても大きな得点だった。


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