『剣遊記閑話休題編T』 第四章 玄海の波は穏やか。 (1) 「どうぞ……☹」
とりあえず由香たちが射羅窯に出した料理(と言えるのかどうかわからないシロモノ)は、完全炭化状態であるチヌの丸焼き三枚と、魚(アラカブ二匹分)の原型を留めていない、煮付けのふた皿。ちなみにどちらも、一応尾頭付きといえた。
これは本来ならば、みんなで食べるつもりの夕食のおかずであった。だけどこの際、登志子の命には変えられない。
さらに本心で言えば、それほど惜しい気もしなかった。なにしろ出来栄えが出来栄えなものだから。
「やっと食いモンにありつけたばぁい♡」
ところが射羅窯は、なんの文句もなし。出された魚をあっと言う間に五匹、骨だけにしてしまった。それも焼き過ぎ具合や、煮付け過ぎて醤油辛くなっている有様も、まったく気にしていない感じで。
これは驚がくするほどの味音痴――さらに驚異の胃袋とも言えそうだ。
ただし射羅窯は、両手が人質(登志子)の拘束と斧の保持で忙しいため、ビキニ姿の由香たちに箸を持たせ、それを自分の口まで運ばせていた。
「けっ! まるでお子様っちゃね☠」
いまだ唯一真っ裸のまま、孝治は正座で悪態気味に舌打ちをしてやった。射羅窯がほざくところの武装解除とやらは、現在も続行中。おまけに足のつま先から、そろそろ痺{しび}れを感じていた。しかし空かした腹に魚を詰め込む作業で夢中の脱走犯は、まったくの馬耳東風的態度を貫いていた。
「へっ! なんとでも言いや♨ とにかく腹ごしらえが済んだら、おれは次にやることばやってやるけね!」
「次にやること?」
孝治の頭に『?』が三個浮かんだ。その疑問を尋ねる前に、当の射羅窯が、まだ訊いてもいない企みとやらを、孝治や由香たちに口走ってくれた。
「そうったい! てめえら全員人質にして、おれは衛兵隊に捕まっとう仲間の釈放と身代金ば要求してやるったい! それに成功したら、おめえらはおれの子分へのムショ暮らしのごほうび☆ つまり慰みモンにしてやるけね♥」
「うわっち!」
孝治のむき出しである背中に、悪寒の雪崩が突っ走った。射羅窯は自分が女性に手を出せないトラウマの腹いせ。仲間(子分ども)の手によって、孝治たちを手込めにさせる気でいるのだ。しかも、もしもそのような最悪の事態を引き起こされたら、自分や由香たちの操{みさお}も大事であるが、恐らく戦士としての名誉にも、深く大きな傷が付くに違いない。
犯罪者の人質にされたうえ、おまけに玩具{おもちゃ}にまでされた戦士など、未来永劫、世間からのモノ笑いのタネになってしまうだろう。
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