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『剣遊記閑話休題編T』

第四章 玄海の波はおだやか。

     (12)

「しかるに射羅窯は、今どこにおるとかね?」

 

 出鼻を完全に挫{くじ}かれたとは言え、隊長は依然としてのカラ威張りを続けていた。年の頃は三十代前半な感じ。ややエリート気味な、中年へのなりかけ親父であった。定番のチョビ髭も生やしているし。

 

(だいたい、あんたらの脱走犯の告知が、友美ん話じゃ詰め所の入り口に紙で貼っとうだけっちゅうとやけねぇ☠ やけんおれたちがなんも知らんで、でたんエレえ目に遭うっちゃよ……☠)

 

 などの大きな不満は、この際胸の内に収めておく。それでも孝治は、この手の人種の扱い方には、一応慣れているつもり。軽い口調で海の家の小屋を、右手で指差すだけにしてやった。

 

「あそこですっちゃよ☆ 今、彼女が連れてきますんで」

 

「彼女やとぉ?」

 

 隊長の頭の上に、どうやら『?』が二、三個は浮かんだようだ。すぐに孝治の言葉どおり、長い蛇の胴体を引きずって、メガネ娘の真岐子が、みんなより遅れて顔を出した。

 

「ちょっとみんなぁ! わたしひとりにこげなん持たせんといてぇ! こん人ぞうたんのごつ重たかばぁーーい!」

 

 しかも真岐子は射羅窯の体を、自分の蛇体でグルグルと巻いていたのだ。

 

「いっちょんきびれるロープが無かっちゅうて、おうちゃっかしてわたしば使わんでもよかでしょう! わたしかて人ば巻きつけるなんち、ドエラか力が要るんやけねぇ!」

 

 そのラミア娘――真岐子が訴えるとおり、射羅窯は今も気絶の状態が継続中。虹色の蛇体の虜となっていた。それを真岐子が一生懸命、浜辺まで引きずっているわけ。

 

「なんとまぁ……♋」

 

 ラミアの底力にすっかり感心したのか。それなりに歴戦の腕を持つであろう衛兵隊長の目が、これまた見事な点と化していた。孝治はその様子を見て、なんとなくだが鼻が高くなる気分がした。

 

「まあ、これくらい軽か軽かっちもんですちゃねぇ☀♡

 

 苦労は真岐子任せにしているのだけれど。


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