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『剣遊記 番外編X』

第一章  狙われた(小心)魔術師。

     (6)

「す、凄かぁ!」

 

 やはり平凡極まる感嘆言葉とはいえ、これが裕志の現在行なえうる、最大驚愕表現と言えた。なにしろ生まれてこのかた見た経験のない生物の巨大過ぎる頭部の片鱗を、まともに目撃したものだから。

 

 裕志の寝位置から見えるバルキムとやらは、どうやらやはり、頭の部分だけのようだった。しかしそれだけでも、裕志の視界から、完全にはみ出るほどのシロモノであった。

 

 実際頭の部分しか見えない理由は、胴体が裕志のいる部屋よりも、ずっと下のほうに隠されているからであろう。だけどそれならば、この魔術師の研究所の構造は、いったいどのようになっているのやら。もしかしたらこの超巨大キマイラ――バルキムの身長に合わせてとんでもないほどに巨大であり、地下部分も想像を絶するほどに深い――と言う話になりそうだ。

 

 その疑問も合わせて、裕志の目の前に存在しているバルキムの第一印象は、まさに強烈そのものだった。

 

 そのピンク色に塗られている頭部だけで、裕志の寝かされている部屋の、優に三倍近い大きさがありそうだ。しかもその頭頂部からは、まるで天まで貫くかと思えるほどの白色をした角が、一本ピンとそびえていた。また、横から見える顔面の形状は、魚類のを、なんだか金属で形容しているような直線形。

 

 キマイラ――合成獣と称しているからには、なにかの動物を素材にしているに違いなかった。しかし、その元となりうる動物の正体が、裕志には皆目見当もつかなかった。

 

 ただし、尾田岩が言うとおり、まだ人格が移植されていないためであろうか。青色をしたガラス状の眼球には、生命の宿りが、まったく感じられなかった。もちろんであろうが当の尾田岩も、その辺の事情を承知しているようでいた。

 

「さあ、バルキムに仰山腰を抜かしてくれたようやさかい、ここでいよいよ、あんさんの人格を移植させてもらいまっせぇ☢☻」

 

 早速悪魔の研究の実現に、取りかかるつもり丸出し。いい歳をして尾田岩が、口の右端から涎までも垂れ流していた。

 

「さあ、これを見んかい☆」

 

 その尾田岩が、ある一点を左手で指差した。そこでは裕志にかぶせられている洗面器状のヘルメット物体から伸びているコードの先がすべて、部屋の隅にある実験道具を経由して、その先の丸い形状をした器具(なんだか太鼓に似ている)へと繋がり、そこからまた長く、バルキムの頭部まで直接連結していた。

 

 つまり裕志とバルキムが長いコードを仲介として、まっすぐ一本で結ばれている状態なのだ。

 

「ちょ、ちょっと、なんぼなんでも冗談は、ほんなこつやめてくださいっちゃよぉ!」

 

 今さらこの現状が冗談ではない事実など、裕志とて百も承知済み。だけれど、それでも言わずにはいられなかった。だが、当然戻ってくるであろう返答の中身も、すでに聞かなくてもだいたいわかるような内容だった。

 

「冗談なんかやおまへんのや☀」

 

 この冷たいひと言だけ。

 

「ほな、準備は全部完了したさかい、きょうこそ我れの最高傑作であるバルキムが覚醒して、我れを追放した協会に、復讐のリベンジを果たすときが訪れたんやぁーーっ☠☢☀」

 

 もはや完ぺきにいっちゃってる眼となった尾田岩の叫び声が、寝台が置かれている、けっこうせまい研究部屋内で反響した。またその大声が、研究部屋とは格段に違い、大きさがまるで見当のつかないバルキムの格納庫(とでも言うべきか)全体にまで轟き渡っていた。


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